どうか、私を愛して下さい。 どうか、このバラの花弁が全て散ってしまう前に―。 J e t ' a i m e . < 9 > ― 愛しています ― 一度は諦めた希望。 彼女の存在によってそれは光を生み出そうとしていた。 しかし、今はまた元通り。 其処に光は差し込まない。 『―変わりましたね』 『…………』 『やはり、あの娘のお陰でしょうか』 言われたとおり、自身は彼女のお陰で変われた気がする。 生きる希望を持てた。 だけど… ガン!! がしゃんと音を立てて机の上に置いてあった小物が地に落ちた。混乱した野獣が思わず机を蹴り飛ばしたからだ。 そのまま野獣は力尽きたようにソファに座り込んだ。 確かに野獣は蜜柑のお陰で生きる希望を持てた。初めて好意を持った女性だったから。自身は、人を愛する事が出来ないと思っていたから絶対に呪いを解く事は出来ないと思っていたのに。 幸せだった。 しかし、一瞬掴んだ幸せを、自ら手放した。 彼女には大切な祖父の存在があったから。だから、自ら手放した。 ーもう、諦めたんだ。 彼女が居ない今、俺に希望を与える光はないから。 「……みか…ん……」 諦めた筈のに、嫌でも頬をつたるこの涙が憎たらしい。 まだ心のどこかで彼女を信じている心が情けなくて仕方がなかった。 ・ ・ ・ 「手加減する必要はない!こてんぱんにやってやれ!!」 集合した家具達の真ん中で、置時計が気合を入れる為にそう叫んだ。途端、気合の入った家具達の重なった声が続いて響いた。 家具達はそれぞれ武器になるような菜箸や、おたま等を手に持って敵の襲撃へと構えていた。この城を守る、家具達の心は一致していた。 そして、城の外では村から来た人々が。 「お前等、一斉にドアを突き破るぞ。敵を一人残らずぶっ潰せ」 先頭に立つ殿が後ろについている村の人々にそう呼びかけると一斉に気合の入った声が響いた。自身等の家族や子供に被害が加わるのなら仕方がない、村人達はそう思っていた。それは決して蜜柑を裏切った訳ではなく、それが蜜柑の為になるだろうと考えているのだ。 ついに襲撃は始まろうとしていた。殿を含む何人もの男達は、ぎゅうっとそれぞれの武器を握り締めた。ごくりと息を呑んだのが合図となって、一斉に男達は城の大きなドアを突き破る。 途端、灯がぱっとつき、目の前に映ったものに男達は目を見開いた。目に映ったものは幾つもの家具達が武器を持って此方を睨みつけて突っ立っているという不思議な光景。男達は唖然とした。 すると、その隙をついて家具達は一斉に男達に襲いかかった。 襲撃が始まった。 ・ ・ ・ 危ないからと祖父には家で待っていてもらい、蜜柑はティーカップに導かれ城に戻ってきた。大分、城に近くなってくると、城からは戦っているであろう男達の声や、武器同士がぶつかり合うような音が響いてきた。 「遅かったみたいだな…。 …入り口は危ないから…っ蜜柑は其処の窓から棗の所へ…!!」 「…っわかった!ありがとなルカぴょん!」 「じゃあ俺は皆の所に向かうから…!」 ティーカップの後ろ姿を見送ってから、蜜柑は必死に指定された一階の窓によじ登り、城に入った。入った其処は広い廊下で、見渡した直ぐ其処には野獣の部屋があった。 とにかく野獣に会わなければ。 戻ってきた事を伝えなければ。 ・ ・ ・ 「喰らえ!色気ビーム!ビーム!!」 そう叫びながら小さな身体で男達にアタックするのは蝋燭。勿論、蝋燭からはそんなたちの悪いビーム等出る筈もない。しかし、そのビームに一人の男が気味悪がって倒れたのは事実だ。一瞬、役に立つビームかと思われた。 だが、そんなビームがずっと通用する筈もなく、直ぐに蝋燭はもう一人の男に身体を掴まれてしまった。城にあった水槽で火を消されそうになったが後ろからタックルしてきた置時計のお陰でそれは免れた。 …しかし、蝋燭を助けてしまったが為に、置時計はこれから蝋燭の熱い視線に悩まされる事になるのだ; そんな後ろで、吹っ切れた洋服箪笥はその大きな身体を活かし、懸命に男達にぶつかって攻撃していた。そして、ティーポットはというと、自身の中に大量の水を入れ、沸かし、その熱々のお湯を男達の頭からぶっかけるという残酷なやり方で戦っていた。 それを後から来たティーカップは少し震えながらも黙って見詰めていた。 ・ ・ 「…なつめっ!!!!」 勢い良く野獣の部屋のドアを開くと、其処には何かに怯えるように頭を抱える野獣の姿があった。振り向いた表情は、自身が城から出て行く前の野獣とは違う。始めの頃の光の宿らない寂しげな表情に戻っていた。 途端、切なさと愛しさが同時に溢れ、蜜柑は、目を真ん丸くして蜜柑の存在に驚いている野獣に抱きついた。野獣も本能的に両手を広げ、抱きついてきた蜜柑を救いを求めるかのようにきつく抱きしめる。 野獣の胸に埋める顔をそっと上げ、野獣の顔を白い手で囲む。野獣の目下には泣いた跡があり、赤く腫れていた。それにつられて、蜜柑の瞳からも雫が落ちる。 「…っ何で…何で泣いとるん…?どうして…もうたんよ…?」 そう優しく問うと、野獣は抱きしめる力を強めて、肩口ですすり泣き始めた。そんな野獣の背中に蜜柑は何も言わずに手をまわし、そのままぎゅうっと抱きしめた。 「…っみか、ん……もう…逢えない、と…思っ、て……っ」 抱く力を強めた野獣は途切れ途切れにそう呟いた。そんな野獣が哀しいくらいに愛しくなって蜜柑もまた抱く力を強める。そして、子を宥めるかのように優しくその頭を撫でた。 「…何ゆうとるん…っあれでお別れなんてウチかて嫌なんじゃボケぇ…!」 初めて見た野獣のそんな表情。 次々に流れ落ちる涙。 けど、抱きしめたその瞬間… それは少し穏やかなものに戻った気がして。 野獣の瞳には、蜜柑と、希望が再び映し出されていた。 しかし、それは無残にも…。 「…待ってろって言ったのに」 急に背後から聞こえてきた聞き慣れた口調、声。蜜柑と野獣は驚いて、思わず抱きしめあっていた身体をばっと離した。 振り向いた先には、目的どおり野獣を退治しにきた殿の姿。途中、蜜柑の姿を発見し、後ろをついてきていたのだ。野獣は、咄嗟に蜜柑を自身の後ろに下がらせると、殿を思い切り睨み込んだ。 しかし、そんな野獣を見て殿はふんっと馬鹿にするように嘲笑う。 「…おお、恐い。そいつがじいさんが言ってた野獣か?」 増してやからかうような口調で言ってくる殿に、野獣は苛つき、殿の胸倉を掴むと思い切り壁に叩きつけた。 「…狂暴だなあ。やっぱ退治に来て間違いはなかったな」 「……るせぇ…」 「残念だが、今日俺はお前を殺さなくちゃいけない。 何故だか分かるか?全ては蜜柑ちゃんをものにする為…」 「な…ッ」 ぐいっ 野獣が戸惑った一瞬をついて、殿が野獣の胸倉を掴み返し、今度は野獣を壁に叩きつけた。すると、急に殿の馬鹿にしたような笑みは異変した。 「はっきり言う…………邪魔だ。 蜜柑ちゃんの気持ちをものにしているお前が憎たらしくて仕方がねぇんだ」 蜜柑が止める間もなく、急に殿は怒りに満ちた狂った表情で剣を抜き取り野獣に飛び掛った。野獣も咄嗟に自身の剣を抜き、キンと音をさせてその剣を封じた。しかし、殿は直ぐに素早い動きで野獣に剣を向けてくる。 剣は何度も、どすっと音を立てて壁に突き刺さった。 「…っちょ!やめて!!やめて…っっ!!!!」 そう叫んで殿を抑えつけてやめさせようとするが、こうなってしまった殿を止められる筈もなく。暫くそれが続き、殿は狂ったようにけらけら笑い始めた。 キンと剣と剣がぶつかり合う音がする。 もうこんな状態がずっと続いていて。 蜜柑は、最後の力を振り絞って殿を抑え付けようと咄嗟に殿に掴みかかった。 しかし。 「……わっ!!」 蜜柑は殿に思い切り突き飛ばされてしまった。 倒れていく蜜柑に野獣は気づき、思わず蜜柑の方に駆けていった。 しかし、それがいけなかった。隙を見せた野獣に殿はにやりと笑むと、その鋭い剣の先を蜜柑を抱き止めた野獣の背中に一気に突き入れた。 瞬間、飛び散る赤い血と、身体を突き破る惨い音。 「………っっ!!!」 目の前で野獣が声をあげたかと思うと、それはあっという間に蜜柑の目の前に倒れ込んできた。それは、スローモーションのように遅く、蜜柑は一瞬何が起こったのか分からなかった。 手を見ればまだ温かいどろどろとした血の海。そして、足元を見れば、青白い顔をして自身に負い被さるように倒れ込んでいる野獣の姿。 「…………なつ……め……?」 名前を呼んで、肩を揺さぶっても反応はない。 どうしたのだろうか。 眠っているのだろうか。 何で倒れているのだろうか。 倒れこんだ野獣の背中に手をやると、真っ赤な血が掌に絡みついた。血は、真っ白な地面に大量に流れ落ち、野獣の今の状況を物語っていた。 絶望。 一気に血の気が引けたのが分かった。 「…なつめぇ…っっ!!!!」 ・ ・ ・ 「……大変だわ……」 男達達を見事倒したティーポットと、置時計、おまけに蝋燭は、深刻な表情で机の上に置かれたバラの姿を見詰めていた。殆どのバラは枯れてしまい、残り一本だったバラが枯れようとしているのだ。不思議なその呪いのバラは、しゅううと吸い取られるような音を出して赤から茶色へ、そして萎んでいく。 ティーポット達の目に映る一本のバラは、恐ろしい程に早く萎んでいき、何時そのバラが地に落ちても可笑しくない状態だった。 ーもう時間がない。 「………む、無理だ……」 バラを見詰める蝋燭は、声を震わしながらそう呟いた。刹那、その言葉に置時計はカッとなり、蝋燭を物凄い勢いで睨み付けた。 「諦めるなっ!!まだ無理と決まった訳じゃない!」 そう置時計が蝋燭に向かって怒鳴ると、蝋燭は、泣きそうな表情をして、悔しそうに近くの壁を拳で思い切り叩いた。その瞬間、静まる空気。 「…っ無理だよ!もうこのバラは枯れる!!殿下の命は……ッ」 「………っっ」 溢れてくる涙に耐え、蝋燭と置時計は、何も言えなくなりただ下を俯いた。しかし、そんな中、蝋燭達を置いて、ティーポットは一人部屋を出ようとした。 そんなティーポットに気づき、蝋燭は、『蛍さん?』とティーポットに問うた。すると、ティーポットは、静かに蝋燭と目を合わせずに振り向いた。目を合わせないのは、涙を隠す為。 「…殿下の命は……蜜柑にかかってるわ」 そう小さく呟いた言葉に、蝋燭と置時計は目を見開いた。そして、ティーポットは、そのままその部屋を出た。 ぱたん。 部屋のドアを閉めると目の前にはティーカップが。確か、部屋に戻っていなさい、と言っておいた筈なのに。見れば、ティーカップはとても切なそうな表情をしている。ティーポットは一つ息を吐くと何も言わずにティーカップの前まで来ると、宥めるように頭を撫でた。 「…さっきの話…聞いてたのね」 撫でながら、ティーポットがそう優しく呟くと、ティーカップは流れてくる涙を懸命に抑えながらこくりと小さく頷いた。 「……バラの事なんか…俺…一つも聞いてないよ…」 「………………………」 「…時々…皆の会話に出てきて…何だろうとは思ってたけど…」 我慢していた筈の涙を思わず流してしまったのはティーポットの方だった。ティーポットは、涙を流しながらティーカップを強く抱きしめた。途端、ティーカップの涙も溢れ始める。 「…っごめんなさいね流架…。 まだ幼いあんたには…っどうしても殿下の事を伝える事が出来なかったの…ッ」 「……殿下はね……私達の呪いとは違う……。 殿下の呪いは……死の……呪いなの……」 今は亡き、昔からこの森に住み着いていた不思議な魔法使い。その素顔を誰一人として見せず、何時も黒い布に身を包んだそんな魔法使いだった。その魔法使いは、気に入らない人物が出来ると、直ぐに魔法で呪いをかけ、悪ければ死に追い込んだ。 そんな魔法使いを、人々は『悪魔』と呼んでいた。 本当に運が悪かった。幼くして親を亡くし、すっかり捻くれてしまった城の殿下(棗)に悪魔が目をつけたのだ。 『貴様のその顔、気に喰わんな…』 すっかり心を閉ざしてしまった棗でも、城の者達は、その隠された優しさを知っていたから、自分達も犠牲にと城の者達も軽い呪いを掛けられた。だから、このような家具の身体をしている訳で。 しかし、殿下に与えられた呪いは思った以上に酷いものだった。 『貴様の身体を醜い身体に変えてやろう。 そして、死の呪いもくれてやる…。』 『呪いを解く方法だ。 ーこのバラが全て散る前に人を愛せ。真実の愛を知るんだ。 ただし、貴様が女を愛しただけでは呪いは消えぬ。 女もまた貴様を愛した時……貴様の呪いは消えるだろう。 反対に…愛せなかった時… あるいは、その前にバラが全て散ってしまった時…… その時……… ー………お前は死ぬ』 『その姿のお前に…それが出来るだろうか?』 バラは、もう散ろうとしていた。 ------------------------------------------------------------ 締め切りに追われながら必死に書いた為に雑な部分が目立ちます…。 なんだか全く意味が分からないような…。 悪魔(魔法使い)は一応設定上『ペルソナ』ってことになってます。 ペルソナとの事も色々深く話そうと思ったのですがそれやったらどんだけ長くなるか 分からないし、私が疲れるだけなのでやめときました。 それにしても、呪いを解く方法が『人を愛す事』って…なんだそのロマンチックな響きは。 ってか、やっぱり家具達が鳴海とかの顔だったら恐いですよね。 →10へ進む |