どうか、私を愛して下さい。
どうか、このバラの花弁が全て散ってしまう前に―。





J e t ' a i m e . < 1 0 >
― 愛しています ―




流れ続く血は、止まらない。

「……っふ…うっっ……な、つ…ッウチを庇ったせい、で…ッ」

剣を貫かれてから意識を戻さない野獣に寄り添い、蜜柑は一人泣いていた。先程から何回も名前を呼んだりしているが、言葉を返される事もなく、その瞳は固く閉じたままだった。
青白く変化していく野獣の頬に、蜜柑の涙が何粒も落ちてくる。もう死んでしまったのだろうか、野獣は動かなく、ただ血が流れ続くだけだ。

せっかく出会えたのに。
せっかく打ち解けられたのに。

いやだ。いやだ。
死なないで。

目を開けて。

そんな事が何回も頭を駆け巡った。


「…っいややぁ……!いややよこんなん…っっ!!なつめ!なつめぇ…!!」

野獣の名しか呼ばない蜜柑を後ろで見ていた殿は、ぎりっとと強く拳を握った。

野獣を目的どおりこの手で倒したのに。
どうだろう、愛しい彼女は自身のものになろうとはしない。
増してや、俺の名ではなく、別の男の名を泣きながら何度も呼んでいる。

殿は、野獣にしがみ付いている蜜柑の腕を勢い良く掴み取ると、蜜柑を向かい合わせにさせ、その両肩を強く掴んだ。

「何やってんだよ蜜柑ちゃん!?そいつはもう死んだんだ!」

そう怒鳴って蜜柑の肩を揺らしても、蜜柑は涙を流しながら無言を返すだけ。あまつさえ、自身の手から逃れ、また野獣の名を呼んで野獣にまたしがみ付こうとした。
それにまた苛ついて、無理矢理また自身のところに引き寄せる。

「そんなにそいつが良いのかよ!?どうして俺を愛してくれない!?
俺はこんなにも蜜柑ちゃんを愛しているのに…っっ!!」

殿がそう叫んで蜜柑を抱きしめた時だった。
ぱんっと鋭い音が響き、殿は突き飛ばされた。
蜜柑が背中に囲まれた手を勢い良く振り解いたのだ。

突き飛ばされ、混乱状態の殿は恐る恐る蜜柑の顔を見た。目に映った蜜柑の表情は怒りで満ち溢れており、野獣をこんなめに合わせた怒りと悲しみから瞳には沢山の涙が溢れていた。
そんな見た事もない蜜柑を目にし、殿は一瞬たじろいだ。

「…あんた今まで…自分が欲しい思ったもんやったらどんな卑怯な手
使うてでも手に入れてきたんやろ…?」

驚いて言葉を失っている殿に構わず、蜜柑は続ける。



「ウチがあんたんこと好きんなる日なんて…一生こーへんから……!」

蜜柑のその言葉は、殿にとってとても衝撃的なものだった。殿は今までにない弱々しい表情をしながら、瞳にいっぱいの涙を溜める蜜柑に手を伸ばそうとした。
しかし。

「…お願い…。この城から出てって…。
もう、ウチや棗に関わらんといて……!!!」

蜜柑が悲しみと怒りを抑えきれずにそう叫んだ。
その刹那、殿は両手で頭を抱え、急に狂ったように叫ぶと握っていた剣を地に落として勢い良く部屋を出て行った。

蜜柑の言葉は殿にとっての絶望を与えた。
それは、殿が本当に蜜柑を愛していたからこそ。
しかし、それは度を超えていた。

蜜柑への愛しさは、何時しか狂い始めていたのだ。





「…なあ、棗……起き、て…?お願い…」

殿が居なくなり、再び蜜柑は野獣に寄り添い、冷たいその手を握った。溢れてくる涙は耐える事を忘れ、感情のままにぽたぽたと野獣の頬に落ちていった。
その涙が何粒野獣の頬に落ちただだろう。また一つの雫が野獣の頬に落ちた時、呆然としていた意識は、急に自身の頬に触れた冷たい手で確かなものに戻った。


「……み、か……ん……」

聞き覚えのある低い声音。蜜柑は、恐る恐る瞑っていた瞳をゆっくり開けると、其処には半分その赤い瞳を開いた野獣。残りの力を振り絞って、一生懸命に血塗れたふわふわとした手で、蜜柑の頬を撫でていた。
野獣の瞳からは透き通った涙が流れている。
再び瞳が開かれる事を半分諦めていた蜜柑は、その光景を見て目を見開いた。また涙が溢れ、そのまま血塗れた野獣の手を握り返す。

「………なつ…なつめ…なつめ……っっ」

しかし、その赤い瞳は半分姿を見せただけで、もうそれ以上は開く事はなかった。残りの力を振り絞って、どうにか半分開いた目を保っているような状態だった。

野獣の顔色は悪く、息は荒い。
どのくらいの量の血が流れたんだろうか。


「……俺は…もう無理だ……俺の命は……」
「…っいやや…そんな事言わへんで…っ」

「……みかん、俺は呪いをかけられたあの日から…死ぬ事を覚悟していた……」

急にそう呟いた野獣に蜜柑は顔を顰めた。その呟いた途端、蜜柑の手を握る野獣の手が強くなり、蜜柑もそのまま強く握り返した。
野獣は、全て蜜柑に話した。呪いの事も、両親の事も、全部全部。


この姿を見せたら恐がられる。
だから人を愛す事も出来ないだろうし愛される事もないと思っていた。
俺なんて人間…必要ないと思った。
だから、自ら死の決意を選んだ。

けど、時々恐くなった。
自分は死ぬのだと思うと。

きっと少しでも"死にたくない"そんな気持ちがあったんだろう…。



「…っそんな時…お前に出会って……俺は…少しで、も…生きたい…っと………ッ」

死にたくない、そんな気持ちはあっても
直ぐには"生きたい"という気持ちには辿り着かなかった。
けど、あの時出会った君は、そんな自身に怒ったり、笑ったり。
そんな女性と出会うとは思ってはいなかった。

蜜柑なら……。

少しずつ、光が生まれた。


「……けど…もう……遅かったみたいだ…」
「…いやや!!死ぬな阿呆!!せ…っかく…出会えた、んに…ッッ」

握る手は、どんどん弱くなっていく。蜜柑はその手の力が弱まらないように必死にその手を強く握った。野獣の顔を涙でぼやけた瞳で見れば、其処には一度も見た事がない笑顔が映った。
そして。


「……み、かん……愛して、る………………」


最後にそう小さく呟いたのを最後にし、野獣の薄く開いた瞳は、ゆっくりと閉じた。その刹那、蜜柑の手を握る力が緩んだ。その異変に気づき、蜜柑の頭は真っ白になる。
そして、握る手をぎゅうっと強く握り、野獣の血で濡れた胸にしがみ付いた。


「…うっ…ウチかて…っ愛してたんじゃボケぇ…!!!!」

丁度その時、最後のバラは地に落ちた。






バラが飾られている部屋では、床に惨めに落ちたバラを呆然と見詰めながら絶句する蝋燭と置時計。途端、耐えていた涙が溢れてきた。

「……っ…そん…な……殿下は…………ッ」
「…………………っ……」

置時計は、あまりの辛さと苛立ちに机に置いてあるバラの花瓶を両手で乱暴に地面に叩き落した。がしゃんっとそれが落ちたとしても、殿下が戻る訳ではない。
蝋燭と置時計は、無言で、野獣が永遠の眠りについたであろう野獣の部屋へ向かった。





「……っなつ……なつ、め………うっ…」

野獣の部屋では、死んでしまった野獣の胸の上で泣いている蜜柑の泣き声だけが響いていた。揺らしても、呼びかけても反応しない。青白い野獣の顔は、涙で濡れていた。
しかし、次の瞬間思いもしなかった奇跡が起こるのだ。

急に、どこからか眩しい光が差し込み、それは野獣を照らした。蜜柑は驚いて思わず野獣から離れると急に野獣は光に包まれるように浮かび上がった。蜜柑は何が起こったのか理解が出来ず、ただただ光に包まれる野獣を呆然と見詰めていた。
すると、光に包まれた銀の毛に覆われた身体はゆっくりと小さく窄【すぼ】まっていった。呆気にとられている蜜柑を目の前に、野獣は光の中でどんどん姿を変えていく。
もさもさとして大きい掌はゆっくりと光に包まれて人間の手のような形になっていく。銀の髪の毛は、滑らかなさらさらとした黒髪に。蜜柑の目に映ったのは、光に包まれた赤い吊り目の黒髪の美しい青年。

「………な、なにが起こって……」

野獣はどこに行ってしまったのだろうか。蜜柑は、突然の事に涙が出なくなった瞳をぱちくりとさせた。すると、目の前の見知らぬ黒髪の青年の瞳がそっと開かれ、蜜柑と目があった。
その刹那、その青年はふんわりと笑って蜜柑に近づいてきた。その笑みが、最後に見た野獣の笑顔に似ている気がして、蜜柑も思わず近寄る。

「…おい、ブス」

それは何時かの言葉。
ふんわりとした笑顔は何時の間にか悪戯に満ちた笑みに変わっていて。
蜜柑は思わず首を落とした。

しかし、その言葉と、その声は、確かに野獣のもので。


「…なつ……め……?」

そう愛しい名前を呼んだかと思うと、直ぐに青年に腕を引かれ、その身体を包まれる。蜜柑は、その腕を振り払おうとはしなかった。何故ならその青年には野獣と同じ温もりがあったから。

「……っお前のお陰で…呪いが解けたんだ…」

ー呪いが…解けた…?



『呪いを解く方法だ。

ーこのバラが全て散る前に人を愛せ。真実の愛を知るんだ。
ただし、貴様が女を愛しただけでは呪いは消えぬ。

女もまた貴様を愛した時……貴様の呪いは消えるだろう。』


『…うっ…ウチかて…っ愛してたんじゃボケぇ…!!!!』

そう、あの時。
バラが今まさに地に落ちようとした瞬間、蜜柑がそれを守ったのだ。


『…殿下の命は……蜜柑にかかってるわ』


蜜柑は棗の命を救った。


「赤い…瞳……ほんまに棗なんやね……」

その透き通った何時もの赤い瞳を見詰めると、蜜柑は大粒の涙を流した。棗は、キスをするように蜜柑の涙を舐めると額にも小さくキスをした。

「蜜柑…有難う。愛してる…」
「…なつめ……」

二人の顔が笑顔に歪むのと同時に、唇は合わさっていた。棗は蜜柑の細い体を折れんがばかりに抱きしめ、蜜柑は棗の黒髪を優しく抱きこむ。後から後から涙が溢れ、塩辛いキスは二人を苦笑に導く。

クスクスと笑い、晴れやかな日が差すのを知りつつ再び熱いキスを交わした。


家具から人間の姿に戻った城の者達がそんな光景を影から見て、こっそり涙していた事等知りもせず。
これからどうこの二人が発展していくかはまた先の話。
けど、その先は闇の無い光輝いた場所にあるのだろう、きっと…。


END
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キャラが全くちがくなってすいません…。
6時間を9と10につぎ込んで必死になって書いて完結。
やばいです…ほんと必死だった為か内容がやばく…。
多分、手直しするかも…。
もっと殿の心境とかこれからのこと書くつもりだったんだけど中途半端に…。

ここまで読んで下さった方本当に有難う御座いました!涙
そしてお疲れさまです。