どうか、私を愛して下さい。
どうか、このバラの花弁が全て散ってしまう前に―。





J e t ' a i m e . < 8 >
― 愛しています ―




先程まで、洋服箪笥の声にちっとも耳を傾けなかった野獣が、『蜜柑』との言葉に反応し、足を止めた。何かを噛み締めながら後ろを見やれば、其処には何時にもなく真剣な表情の洋服箪笥。
何時も、言葉の後ろにハートマークを付けながら近くをうざったいくらいうろちょろしているだけの筈。見慣れない洋服箪笥の表情に野獣は思わず息を呑んだ。
そして、ゆっくりとその大きな足を洋服箪笥の方に進ませると、野獣は洋服箪笥に詳細を訊ねようとした。しかし、それは洋服箪笥の声に掻き消されてしまう。

「…どうして、あの娘を此処に残そうと思われたのです?」

その刹那、野獣がぴくりと反応した。

棗さまが、何故あの娘を此処に残したかだなんて、何となく分かる。
ただ、直接…棗さまの口からそれを聞いてみたくて。
ずっとずっと、想い続けた貴方の口から。

西の森で女性が迷い込んだのは、あの娘(蜜柑)が初めてではない。生きてきて何度か此処に迷って来た女性を見てきた。しかし、一度も棗さまは、それぞれ迷い込んだ女性に城に残る条件等出した事が無かったし、増してや、顔さえ合わせる事もしなかった。

こんな姿だ。
きっと、この姿を見せたら恐がられる事など承知で居たのだろう。

こんな姿…
棗さまは呪われていたから…。

『貴様のその顔、気に喰わんな…』


あの時、たちの悪いあの魔法使いに目さえつけられなければ…。




棗さまの呪いを解く方法はただ一つ。
魔法使いから与えられたバラが全て散る前に、真実の愛を知る事だ。

「前に棗さまはこうおっしゃっていた筈です…。
ご自分の命が絶えようとも、女性は愛さない、と」

蘇る何時かの会話。
きっと、その時は諦めていたのでしょう。
棗さまは生きる事を諦めていたのでしょう。

『…棗さま。もう、心を許される女性は見つかりましたか?』
『……そんなん居ねぇよ』
『しかし…もうバラは萎【しお】れ始めていますし、早く見つけませんと棗さまの御命が…』

『…女なんてどうでもいい。
このバラが全て散って、俺の命が絶とうとも…』





「…ああ、言ってたな」

蘇るあの日の会話を思い浮かべながら、野獣は小さくそう呟いた。
忘れちゃいない。忘れられる訳がないんだ、死ぬか生きるかの精一杯の決断だった。

ー所詮、たった一人残された俺なんて必要ないと思っていた…。


「……心変わりでもされたのですか?」

洋服箪笥がそう問うと、野獣は何も言わずにただ静かに笑った。今まで見た事もない野獣の表情に洋服箪笥は一瞬言葉を失った。


「…あいつ…蜜柑は、他の女とは違った…」

「え…?」

思わず声を聞き返してしまったのは、野獣の表情が気づかぬうちにこんなにも穏やかになっていた事からの戸惑い。


「普通の女なら直ぐに俺の姿を見て恐がるんだ。
…けど、蜜柑が初めて此処に来た時、恐さなんて見つからなかった。
あのじじい一人の為にあんなか弱い身体で、必死に……。
増してや、俺に掴みかかってきやがった……」

何時もの暗い表情は、少しだけ晴れていた。増してや、娘を想うような笑みさえ見せて。
話を続ける野獣を、ただ真ん丸くした目で呆然と見詰める事しか出来なかった。


語る野獣の瞳は赤く燃え上がっている。
熱い、熱い、紅の炎。

「…その時、真の強さと、真の優しさを持つ娘だと思った…」

こんなに会話をされた事がこれまであっただろうか。
多分、これが初めて。


「少しでも俺も生きてみたいと思ったんだ…」


…嗚呼、本当にこのかたはお変わりになられた…。
いや、あの娘に影響されたのだろう…。

しかし、それは棗さまだけではない。
あの娘に影響されたのはこの城の者だって同じ。
勿論、私も。

あの娘は、光をくれた。
その光がどんなものなのかは分からない。

ただ、ただ…
知らないうちに…。




「…けど、もう蜜柑は…」
「分かりました。」

表情を一瞬曇られた野獣の次の言葉は、洋服箪笥の言葉によって掻き消されてしまう。顔をあげると同時に映った洋服箪笥の表情は、何かに吹っ切れたような、そんな表情で。



「もう質問は致しません。
私とて、あの娘がどんなに素晴らしい女性だか分かりますもの」

『…ウチんことは蜜柑ってよんで』

なんて馬鹿な子なんだろうと思った。
けど、その馬鹿さが変に輝かしかったのを覚えてる。

棗さまが最初で最後に好きになった女性が、あの娘で良かったと思ってる。
私には敵わない。
今まで、ずっと棗さまを見詰めてきたけれど。
今もまだ、貴方には届かないままで。

『…棗さま。もう、心を許される女性は見つかりましたか?』

正直な話。
私を選んで、なんて思った事が何回もあった。
無理だと分かっていながらも、変なアプローチばかりして。

けど、それで良い。

全ては、切ない淡い恋。
あの娘だったら戸惑いは直ぐに消えるでしょう。


「―変わりましたね」
「…………」

「やはり、あの娘のお陰でしょうか」



『……棗の…傷が治るまで…………
             ……ウチ、此処に居たげる…』

『…棗……有難う…』


本当は手放したくない。
この手から離れていってほしくはない。

嫌気がする程、大切で。大切で。


けど
けど。


「っ殿下…!」

野獣と洋服箪笥の目の前に、ドアを思い切り開けてやってきたのはティーポット。何時ものクールなティーポットは少し様子が違く、息は荒く、とても焦っているようなそんな表情だった。
野獣は、何時もと違った様子に驚き、ティーポットに近づいた。

「…どうした」

「何者かがこの城を目指して……っ大勢いるわ…」

ティーポットは途切れ途切れに言うと、直ぐに洋服箪笥に家具達にそれを伝えるよう指示した。洋服箪笥が慌てて其処から居なくなると、野獣は何を思うのか無言で自身の部屋に入ろうとした。
そんな野獣の行動に不審を覚え、ティーポットは野獣に駆け寄った。

「…っ何をしてるの…?放っておく気?」

まさか、と眉を顰めたティーポットは静かに問うた。
こんな状況で、放っておく気なのか、殿下は。

野獣は、ティーポットの方を向かずにただ沈黙を返し、ドアを半分開けたまま立ち止まっていた。
そして、重く口を開く。やはりティーポットの方には向かずに。


「……蛍……もういい……」
「何を…言っているの…?しっかりしなさいよ…」

野獣のその言葉に少しカッときたティーポットは閉めようとするドアを無理矢理止めようとした。けれど、後ろからやってきた蝋燭がそれを止める。


「…蜜柑様が居ない今、殿下は少し気力を無くしてしまわれたんだ。
此処は、私達で何とかしましょう」

後ろの蝋燭に気を取られた瞬間、野獣はぱたりとドアを閉めた。



「……ったく、本当に馬鹿なんだから…」



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今回は、何時もより倍に意味が分からなくなりました…。
すいません、訳わかんなくて。
なんかもう長すぎて長すぎて書いてくうちにほんと何がなんだかさっぱり…
作者は頭が痛いです(涙(ぉ
スミレの純愛っぷりを書きたかったのですが、微妙に…。
あと二回で最終話です。


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