どうか、私を愛して下さい。 どうか、このバラの花弁が全て散ってしまう前に―。 J e t ' a i m e . < 6 > ― 愛しています ― パーティー当日。 蜜柑は、洋服箪笥に用意されたドレスに着替えていた。 「ちょっと、まだなの?」 洋服箪笥が赤のカーテンで覆われた個室にそう問うと、その中で着替えている蜜柑が『う〜ん』と声をあげた。 「ちょ、ちょお待って…。後ろのファスナーが……あ、出来た!」 そう言い終わり、赤のカーテンから姿を露にしたのは、エメラルドグリーンの美しいドレスを着た蜜柑。先程まで着ていたピンクのドレスも十分美しかったが、蜜柑が今着ているパーティー用のドレスは、先程のドレスとは比べ物にならない程の輝きを引き出していた。 先程のピンクのドレスを着るのにも十分抵抗があった蜜柑は、エメラルドグリーンのそのドレスを着た事によって余計にそわそわしていた。 高価なのは、ドレスだけではない。蜜柑の茶色の長い髪を束ねている髪飾りもきらきらと輝き、十分高価なものだった。そんな蜜柑の姿を見て、思わず洋服箪笥もぽかーんと阿呆面を見せる。 「…言いたくないけど…、凄く綺麗よ、蜜柑」 「ほ、ほんま…?有難う、スミレ。せやけど、ウチこんな綺麗な格好したの初めてで…」 日が経つつれに蜜柑に少しずつ心を許すようになり、ついには『蜜柑』と呼ぶようになった洋服箪笥は、自信無さ気にそう言う蜜柑に優しくふんわりと笑った。 「…大丈夫。直ぐに慣れるわ」 そう優しい言葉をかけられた蜜柑は、洋服箪笥に笑顔を返した。 ・ ・ ・ 連れて行かれた広間は物凄く美しく、その真ん中で、紫の衣装に身を包んだ野獣が蜜柑が立っている開かれたドアの方をじっと見詰めていた。 それに蜜柑は気づくと、にっこりと笑い、ドレスの裾を両手で持ち上げると野獣の方に駆けて行った。 「なつめっ。どう?綺麗やろ〜?」 にこにこと嬉しそうに笑いながら蜜柑は野獣の目の前でくるくると見せ付けるように回った。しかし、野獣はそんな蜜柑に対して馬鹿にしたような笑みを見せた。 「ふんっ」 鼻で笑う野獣に蜜柑はカチンときたのか、頬をぷぅと膨らませた。 「フンとはなんや!どーせウチは似合わへんよ!!」 拗ねた顔を反らして、最初に居た位置に戻ろうとする蜜柑。しかし、怒っているそれに一瞬切なげな表情が見えて、野獣は、無意識に揺れる細い腕を引っ張った。 また振り向いたその表情はやはり、切なげなそれで、耐えるように眉にシワが寄っていた。 「…離し…っ」 「誰も似合わないなんて言ってねぇだろ」 目を反らしていた表情は、野獣のその言葉によって、少し光が見えた。野獣は、恥ずかしいのか顔を伏せて、ただ今だに掴む蜜柑の細い腕をぎゅうっと握っていた。 「……綺麗だ、蜜柑」 曇った表情は、直ぐに太陽に変わり、真っ赤に照れる笑顔が帰って来た。 照れて顔を赤らめるそんな蜜柑の前に跪き、野獣は恭しく手をとり、手の甲に触れるだけのキスをする。 「…一曲、踊ってくれないか?」 「ええよ…、せやけどウチ踊った事ってなくて……」 「大丈夫だ。俺がリードする」 そう言い終わると、野獣は蜜柑の手を取り、広間の中心へと移動させた。緑と紫の光が広間を包む。くるくると素敵な踊りを見せる二人を、周りの家具達は微笑ましく見詰めていた。 美麗な音楽が次第に小さくなってゆき、やがてダンスは終わりを告げた。共に連れ立ってテラスに出ると、蜜柑は遠くを見るように目を細めた。 それに野獣は気づき、顔を顰めて、蜜柑に問う。 「…じじいの事が気になるのか」 顔を向けた蜜柑の表情は先程の明るい表情とは全く違い、最初に来た頃の寂しげな表情に戻っていた。そして、野獣に小さくこくりと頷いた。 「食事とか…何時もウチが作ってたし…。 それにじーちゃん身体が悪いねん…。せやから心配で……」 その泣きそうな表情で言う蜜柑に、野獣は暫し黙り込んだ。そして、腰掛けていた椅子から、すっと腰を上げると壁に飾ってあった掌サイズの小さな鏡を持ち出し、それを蜜柑に手渡した。 「…これは、見たいものを映してくれる。じじいの事を願え」 蜜柑は、少し戸惑いながらも息をごくりと飲み込むと、目を固く瞑って祖父の事を強く思った。そして、そっと瞳を開ける。鏡に映った其処には、荒い息を立てながら弱った足で城に向かってくる祖父の姿が。 「…っじーちゃん!!こ、此処に向かっとる…身体弱いんに…ッ」 蜜柑は目尻に大粒の涙を浮かべながらで野獣を見上げた。野獣は、辛そうな顔をし、やがて彼女から顔を背けて言い放った。 「……釈放する……お前は自由だ…」 「……え…っ」 「助けに行けよ。じじいもお前を待ってる筈だ。 その鏡も持っていけ。きっと役に立つ」 そう言って黙り込んだ野獣を見詰め、蜜柑は大切そうにその鏡をぎゅうっと握り締めた。そして、小さく背伸びすると、ふんわりと野獣の頬にキスをした。 野獣は、急な事にぽかんとしていた。 「…棗……有難う…」 白い手で、棗の頬を撫で、蜜柑もまた辛そうな表情をして、その場を立ち去った。蜜柑と入れ替わりに置時計が中に入ってきた。泣きそうな顔で出てきた蜜柑を見、何があったのかと問う為であろう。 「…殿下、どうして……」 深刻な表情をして問う置時計と目を合わせずに、野獣は、一瞬であったが彼女の唇が触れた自身の頬を片手で包む込むと、ふっと切なげに笑んだ。 「…行かせてやれ。蜜柑の祖父が……」 「殿下……貴方はそれで良いのですか?」 言いかけた言葉を置時計が止めた。 野獣は、またふっと笑み、置時計の真横を擦り抜けると広間の出口へと足を進ませた。 「助けに行きたくても、この姿の俺に何が出来る? 村について行ったところで怯えさせ、悲しませるだけだ」 「…しかし、もうバラは……」 置時計がそう言いかけると、広間を出ようとした野獣はぴたりとドアの前で足を止めた。そして、振り向かずにそのまま話を続けた。 「もういい。俺は諦めた。お前達にはすまない事をしたと思ってる。 けど、あいつに無理強いは出来ねぇ。そんな事しても意味はねぇし。 …一時、良い夢を見させてもらった。それで…良い…」 そう言い終わると、野獣はまた足を進め、広間を出るとバタンとドアを閉めた。 その時、ティーカップがするりと部屋を抜け出した事に、誰も気がつく者はいなかった。 ・ ・ ・ 「じーちゃん!!じーちゃーーーーん!!!!!」 自身の白い馬に乗り、森を必死に走る。まだ昼間だというのに、この森は不気味に薄暗く、前がよく見えなかった。鏡に映った祖父の居場所は、この森だった。探せばどこかに居る筈。祖父の身体の事を思いながらも、蜜柑は必死になって祖父を呼び続けた。 暫くそれが続いたその刹那、微かに弱々しい声が耳に届いた。蜜柑は一度馬を停止させ、そっと耳を澄ます。耳に届いたそれは確かに祖父の声であった。 微かに『みかん』と呼ぶ声が聞こえる。 蜜柑は、そのまま祖父の事を呼びながら微かな声が聞こえた方向に足を進めた。 其処には、微かにまた響いた声と、人影が。 「…っじーちゃん!!!」 駆け寄った祖父の姿は、とても弱々しく、力尽きたのか地面に倒れこんでいた。 「……みかん…っみか、ん……」 「身体弱いんに…っ何しとるん阿呆じーちゃん…っっ!」 蜜柑は、泣きそうな表情で祖父をゆっくり起き上がらせ、自身の背中でおんぶしてやると、そっと馬の上に乗せた。そして、自身も後ろに乗り掛かる。 「…蜜柑…ッわしが元々悪いんに……お前…よく無事で…っっ」 「そんな話は後や!今、家に戻るかんな!」 泣きじゃくる祖父を馬から落ちないように抑えながら、蜜柑は野獣の事を想いながらも家へ帰る為に森を走った。祖父が倒れていた場所から家まではそんなに距離もなく、数分で家に着いた。 そして蜜柑は、よろけた祖父に手を貸しながらそっとベッドに寝かせる。やがて、祖父は十分な意識を取り戻し、蜜柑から城であった事等を聞かされた。 聞かされた内容は、祖父が考えていた現状とは全く異なっており、話を聞く祖父の表情は何時にもなく驚いていた。 しかし、そんな中で。 「で、殿。お前は、そうまでしてあの娘を手に入れたいのか?」 「そうだ神野さん。あんな素敵な女性は、そうはいない」 「…だが、あれ以上の美人なら探せば十分居るだろう」 「そんなもんじゃない。内面の問題だろう?甘いなあ神野さん」 薄暗い部屋で、ずる賢そうな顔をした年配の男【神野先生】と、逞しい体を持つ長い黒髪の青年【殿内 明良】がボソボソと話を進めていた。 「……ふん。で、あのじいさんを使う訳か?」 「そうだ。蜜柑ちゃんは、じいさんの事を物凄く大切にしてる。そこでだ……」 そこでだ、そう言った刹那、長い黒髪の青年は、にやりと不気味に笑った。 「じいさんが先日喚いていた蜜柑ちゃんを攫ったという大きな獣…。 頭が可笑しい、と町の精神病院にでも放り込むんだ。 …それを止められると言えば……蜜柑ちゃんは何でも言う事を聞いてくれるだろ?」 「そんな顔して……お前は悪巧みが好きだな」 「…嫌か?」 そう青年が問うと、年配の男は、にやりと怪しく笑むと、肩に掛けていた自身の茶色のカバンに手を突っ込んで、ある程度手に掴んだカバンの中の大金を取り出した。 そして、いやらしくパラパラと何冊もの大金を数え出した。そして、また青年と顔を合わせると。 「…いいや。こんなに金貨を差し出されてるんだ。嫌と言える訳がない。 元々、こういう事は、私の得意とする所だしな」 「へへ、さすがだな。頼むよ神野さん」 「…それにしても自棄に酷いやり方だな。お前、本当にあの娘を想っているのか?」 「…当たり前でしょ。俺は、蜜柑ちゃんを死ぬ程愛している。 もうこの手でめちゃくちゃにしてやりたいくらいな」 そんな悪巧みが行われているとはつゆ知らず。 さてさて、どうなる事やら…。 ------------------------------------------------------------ はい、殿が動き始めました(悪者になって御免なさい;) 美女と野獣のお話をそのまんまやってます。 でも、少しアレンジを入れたり、オリジナルなシーンを入れたり…。 うーん、もうすぐ終わるかと思ったんですがもうちょっとみたいですね。 でも、もうラストに近づいています!! →7へ進む |