どうか、私を愛して下さい。
どうか、このバラの花弁が全て散ってしまう前に―。





J e t ' a i m e . < 5 >
― 愛しています ―




「あれぇ?どうしたの蜜柑ちゃん、そんなに急いで?」

すごい勢いで、玄関に向かっていく蜜柑を発見し、蝋燭が声をかけた。蝋燭の声に反応し、蜜柑は一旦、きゅっと音をたてて立ち止まる。
振り向いた蜜柑の怒ったような表情に、蝋燭はびくりと肩を跳ねさせ、驚いた。

「…っ悪いけど、ウチもう此処には居られひん!あんな奴の側に居られるもんか!」

そう言うと、蜜柑はまた勢い良く玄関へと走り始めた。その言葉と、その声を聞いて、蝋燭はただぽかんと突っ立っていた。
すると、次に蜜柑の姿に気づいたティーポットと、ティーカップが揃って蜜柑の所に驚いた表情をしながら走ってきた。だが、蜜柑は止まらず、そのまま走っていた。

「ちょっと!蜜柑!?」

こつんこつんと懸命に二つの家具が蜜柑の後ろを追いかけると、蜜柑はやっとぴたりと止まった。そして、何かを堪えるような辛そうな表情しながらティーポット達の方に顔を向けた。
その表情に、ティーポット達も足を止めた。


「…ごめんな、皆」

そう一言言うと、蜜柑はまた玄関に走り出す。その表情を見て、皆追いかける気力が無くなってしまい、ただただその走る後ろ姿を見詰めているだけだった。

大きな年期の入った扉をギギギと開けると、其処には真っ暗闇の森。だが、蜜柑はそんな事気にする事もなく、扉の前でずっと待っててくれたであろう自身の白い馬に跨【またが】り、一目散に村を目指して走り始めた。
元来た暗い道をぐんぐんと進んでいくと、ぐるるると嫌な呻き声のようなものが耳に聞こえた。狼だ。今は夜、一番狼が出やすい時なのだ。どうやら、白い馬の足音を聞きつけ、此処にやってきたようだ。何匹もの狼達は並行して走り近づく。鋭い牙が口から覗き、その横を涎【よだれ】がしたたり落ち、明らかに自身等を狙っていた。

「…ちょ、どうすれば…!!」

パニック状態の一人と一匹に、一匹の狼が飛びかかって来た。それに馬は怯え、その衝撃で蜜柑は勢い良く地面に振り落とされた。
その瞬間、残りの狼達が待ってましたというように勢い良く自身目掛けて飛んでくる。

「…っやあ!!いやや…ッ!!ぎゃッッ」

馬を鋭い歯で食い千切ろうとする狼に蜜柑は拾った木の枝で懸命に抵抗した。だが、そんな細い木の枝では、鋭い歯に勝てる筈もなく、蜜柑が適当に振り回していた木の枝は簡単に一匹の狼の歯で折られてしまった。
抵抗する術がなくなった蜜柑は、もう駄目だ、と心の中で叫び、きつく瞳を閉じて、歯を食いしばった。
しかし、何時になっても皮を食い千切られるような痛みは訪れず、蜜柑は、閉じていた瞳をゆっくりと開けた。目に映ったそこには、何と自身に『出てけ』と言った筈の野獣が蜜柑を守るように何匹もの狼と素手で戦っていた。
次々と、野獣は倒していく。そして、最後の一匹が耳がキンとするような叫び声をあげ倒れると、狼達は、諦めたのか、それぞれを引き連れるようにして戻っていった。

唖然と、見詰める蜜柑の方に野獣が振り向く。

「…あの、、あ………」

『有難う』そう言おうとしたが、急に野獣は自身の目の前に倒れてきた。驚いて、駆け寄よる蜜柑にも野獣が受けた傷が酷い物である事が分かり、蜜柑は小さな力で、自身の白い馬に野獣を乗せ、城へと引き返っていった。



適当に入った部屋の赤いソファに、大きな野獣を座らせた。蜜柑は、偶然、棚の上にあった救急箱を机の上に持ってきて、その中にある包帯を静かに野獣の血で溢れた右手に巻きつけていく。
だが、蜜柑のあまりの不器用さに、少し意識の戻った野獣が眉を吊り上げた。

「……もっと丁寧にやれねぇのかよ」

横目で包帯を巻く蜜柑の手を見、野獣はぼそりとそう言った。その言葉を聞いて、蜜柑はギロリと野獣を睨みつけた。それは態度にも出て、包帯を巻く力も技と強くなってくる。

「……っおい。もっと優しく巻け」
「うっさいなっ!あんたが余計な事言うからやろ??」
「元々は、お前が城を出なければこんな事にはならなかった」
「はあ!?あんたが出てけゆうたんやろが!!」
「…っお前があの部屋に勝手に入らなければ良かったんだ!」
「ッだったらドアに鍵でもしとけ、ド阿呆!!」
「……ッ」

野獣と蜜柑は、ふんっと息を吐いてお互いそっぽを向いた。ひょこりとドアの隙間から顔を覗かせているティーポットや、蝋燭達は、そんな光景を見てクスクスと笑いを漏らしていた。

二人が拗ねた表情をして黙り込んでから数秒後。包帯を巻き終え、少し落ち着いた表情をした蜜柑が、野獣の隣で何を考えるのか下を俯いた。


「……助けて、くれて…あ、ありがとな。それだけは言っておく……」

驚いて、ばっと見てみた蜜柑の頬は、少し桃色に染まっており、何だか照れ臭そうだった。その表情を見て、先程まで眉を吊り上げていた野獣の表情は何時の間にか落ち着いた表情に変化していた。


「…………別に。」

クールな野獣はそれだけ言うと、また黙り込んだ。そして、また暫しの沈黙が訪れる。蜜柑は、他の仲間達よりとっつき難い野獣の性格に落ち着かなくなり、必死に隣で次の話題を考えていた。

すると、急に野獣が此方を向いてきた。目が合ったその赤い瞳は深く、麻痺してしまいそうなくらい魅力的な瞳だった。
此方を振り向いたといっても、何時になっても何故か話し出さない野獣の姿に蜜柑は戸惑った。

「……………あ、あの…」
「…そういえば」
「……へっ?」

今だに自身を見詰めてくる赤い瞳に蜜柑の心臓はドクドクと激しい音を響かせる。


「……名前。聞いてなかったな」

野獣が真剣な表情でそう言うと、蜜柑も『そういえば』と言って思い出したような表情をした。


「………蜜柑、やで」

そう、少し照れながら言うと、野獣が何故か、にやりと悪戯っぽい笑みを見せた。何だか馬鹿にされているような気がして、蜜柑は、頬をぷぅと膨らませると、『なに!?』と野獣に聞いた。野獣は、その表情を見て、また笑む。

「…ブスは名前もだせぇんだな」

見た事もない野獣の笑んだ表情。
その表情のせいか、怒鳴る蜜柑の声は、あまり怒り等感じられなかった。

「ブスちゃうもん!!」
「ブスだからブスって言ってんだろ、ブス」
「ちゃんと名前で呼ばんかいっっ!!!」

そう怒鳴ると、急に笑んでいた表情が真剣になったもんだから、蜜柑は次に怒鳴ろうとしていた言葉をぐっと飲み込んだ。



「みかん」

「…………え……」


「…みかん」

急に真剣な表情でそう言った野獣を見、蜜柑は激しく動いている自身の心臓の音に戸惑いを感じていた。
自然と熱くなる頬、近くの大きな鏡を恐る恐る覗いてみるとよく分かる、自身の頬は今までに無かったくらいに真っ赤になっていた。
とてもつもなく恥ずかしくなって、頬を両手で囲んで目を反らすと、野獣がソファから無言で腰をあげた。

「…もういいだろ。お前は部屋に戻れ」
「え…っ、ちょお待って!あんたの名前………なつめ、やったいな?」

そう静かに言って、部屋を出ようとした野獣を蜜柑が慌てて引き止める。

「……ああ。」

言って、また部屋を出ようとする野獣。
蜜柑は、慌てて身体を起こして、野獣の近くに寄り、必死にまた引き止める。

「ちょ、ちょお待って!!!」

「………何だよ」

そう面倒臭そうに言って、振り向くと、其処には真っ赤な顔をして下を俯く少女の姿。飛び込んできたその可愛らしい表情に野獣は、思わず目をぱちくりとさせてしまう。
蜜柑は、静かに此方に寄ってきて、野獣の服の裾をくいっと弱々しい右手で握ると、真っ赤な真剣な表情で顔を向けた。


「……棗の…傷が治るまで…………
             ……ウチ、此処に居たげる…」

野獣の意外な優しさに触れた蜜柑は、何かを胸の奥に感じ、祖父の事を心に思いながらも、この城に残る事を決意した。






「…み、蜜柑っ。これ、あげる!」
「わあっ、綺麗なお花やあっ。有難う、ルカぴょん」

真っ赤な顔をして、小さなチューリップの花を蜜柑にあげるティーカップ。蜜柑は、何時の間にかティーカップの名前に『ぴょん』を付けて、にっこりとそれを受け取った。
きゃらきゃらと笑いあうそんな光景を微笑ましく見詰める野獣。最近では食事も一緒にとるようになり、少女の笑顔に触れる機会をとても好ましく思うようになっていた。そんな野獣は、ぼそりと置時計に言葉を漏らした。

「…あいつは、何をすれば喜ぶ?」

初めて、女性に対する発言をした野獣に、置時計は一旦驚いて、まじまじと野獣の顔を見た。そして、そんな野獣の姿を嬉しく思いながら優しく微笑む。

「…蜜柑ですか、そうですねぇ………」

そう言いながら、置時計は考え込むように首をひねる。
そして、思いついたような表情をすると、野獣にこう言った。

「……花とか、チョコレート、何か約束を取り付けてみるなんて、どうでしょう?」

花、チョコレートはあまりしっくりこなかったが、『約束』その言葉で野獣は、興味津々に置時計の方を分かりやすく向いた。
その野獣の分かりやすい振り向きに、置時計は野獣が『約束』という案を気に入ったのが分かった。

「…約束、に致すのですか?」
「………………………」

素直じゃない野獣は、置時計の問いには答えず、ただ無言だけを返した。そんな野獣の横顔を見、置時計は呆れたように一つ息を吐いた。

「素直じゃないですね。丸分かりですよ、殿下の考えなど。
何年、貴方を教育係としてお世話してきたと思っているんですか」

そう置時計がにこりと笑んで言うと、野獣は心を許したのか、一旦置時計と目を合わせた。

「…………喜んで、、くれるか……?」


「…ええ。殿下のお誘いならきっと喜んで下さいますよ」






「おい、ブス」

自身の部屋に続く階段を上りかけた蜜柑を後ろから野獣が呼ぶ。『ブス』その言葉に蜜柑は頭にきて、技と振り向かず、そのまま階段を上っていった。
野獣はそのまま『ブス』と何回も呼んだが、蜜柑は当たり前の事に振り向かず。その時、野獣は置時計に『お誘いする時は、無礼な事があってはなりませんよ』言われていた事を思い出した。

「みかん」

そして、言葉を入れ替える。蜜柑は、振り向いてはくれたが、その表情は明らかにひきつっている。だが、そんな事に御構い無く、野獣はトントンと階段を上って蜜柑の方に近づいていった。


「…明日、ダンスパーティーがある………」

蜜柑の居る一段下で野獣は止まると、真剣な表情でそう言った。

「ダンスパーティー??へぇ、面白そうやねぇ」

蜜柑がにっこりと笑いながら興味津々にそう言うと、野獣は無表情で『ああ。』とそれだけ言った。だが、それを最後にして、野獣は次の話題を出さない。
暫しの沈黙、戸惑った表情をする蜜柑と、無表情で何も喋らない野獣の場はしーんとしていた。


「………で?え、それだけなん…?」
「………………………」

他にもっと面白い話題があるのかと期待していた蜜柑に、野獣は無言を返した。

(………ごっつ、やりにくい奴…)

そう思うと蜜柑は、この場から逃げ出したくなり、咄嗟に『じゃ、ウチ戻るから』と適当に言うと、その場を離れようとした。
だが、階段を一つ上ろうとした瞬間、後ろから腕をぐいっと引っ張られて、それを止められた。驚いて、ゆっくりと後ろを振り向くと、其処には真剣な赤い瞳。蜜柑は、その不思議な瞳に一瞬麻痺される。


「………俺と……踊ってくれないか…?」

今だ離さない腕。蜜柑は、その真剣さに驚いて、直ぐには返事を返せなかった。だが、それは暫く経つと、柔らかい天使の笑みに変わって、野獣の心を癒した。


「…………ええよ。」

笑顔溢れる天使のような蜜柑を、野獣は優しく笑みながら、飽きる事なく見詰めていた。




------------------------------------------------------------
今考えたら、家具達が鳴海とか、蛍の顔だったら気持ち悪いですよね…(ぇ
あれはディズニーだから成り立つ事でして……;;
ちなみに、棗君は、表情には出さないですが、誰よりも恋に不器用です。


6へ進む