どうか、私を愛して下さい。
どうか、このバラの花弁が全て散ってしまう前に―。





J e t ' a i m e . < 4 >
― 愛しています ―




お腹が空いているのは確かだ。
先程だって、お腹の虫が『何か食べさせろ』と騒いでいたし。

『俺と共に食うというまでは何も食わすんじゃねぇぞ!!』

蘇るあの怒鳴り声に、蜜柑は、大きな溜息と共に顔を顰めた。
何にも食べさせるな、そんな事言われても。

(わがまま野獣め……)

まあ、あいつの陣地に勝手に入ったウチらも多分悪いと思うけど……
でも、あんな事言われて、こんな状態にされて…
そんなの酷すぎる。

『…でも、何でウチなんかを此処に残したりしたんやろ』


ぐうううぅぅ

そんな事を考えても、腹の虫は治まらず、空き放題に合唱を続ける。ベッドに寝そべって腹の虫を鳴らし続けるそんな蜜柑の様子を見て、隣の洋服箪笥【正田 スミレ】が蜜柑の顔をまじまじと見詰めてきた。
此処の不思議な仲間達を見る事など、さすがの蜜柑でも慣れて、洋服箪笥が近寄ってきても、顔を向ける事さえしなかった。愉快に話をしている気分ではなかったのだ。
そんな蜜柑の態度を見て、洋服箪笥は頬をぷぅと膨らますと、鋭い猫目でギロリと睨んできた。

「…ちょっと、あんた。挨拶ってもんがないの?」

そう言われて、蜜柑は、はっとベッドから身体を起こした。
それから、隣の洋服箪笥をまじまじと上から下まで見下ろした。

「…今度は、洋服箪笥やぁ」

そう悪気無くぽつりと呟くと、洋服箪笥の顔は急にひきつった。
何かまずい事でも言ってしまったのか。

「そうよ!私は洋服箪笥よ!
でもね、元は美人で可愛い、この城のお手伝いだったのよ!」
「自分で言うなや」

蜜柑に怒鳴る勘違い洋服箪笥に、蜜柑は無表情のままに鋭いつっこみを入れた。

その後も、少しの間、洋服箪笥との言い合いは続いたが、また合唱を行い始めた蜜柑の腹の虫で、その言い合いは一旦ぴたりと止まった。

「あぁら。女のくせにだらしがない」

その吊り目で蜜柑を見下ろすと、洋服箪笥は、くすり、と一つ嘲笑う。蜜柑は、顔を真っ赤にしながらも、懸命に洋服箪笥を下から見上げるようにして睨み込んだ。
それが終わると、洋服箪笥は、はんっと息を吐き出すと、じろりと蜜柑を見詰めだした。

「…な、何やねん」
「どうして、棗様はこんな女を此処に残したのか、って思ってね」
「こんな女なんて、あんたに言われとぉないわ」

最後の蜜柑の言葉に、一度また睨みを入れた洋服箪笥だが、少し拗ねた表情をして、今度は下を俯いて、何かを考え込み始めた。
それが少し続くと、やっと洋服箪笥は、蜜柑の方に向き直って、口を開く。


「……珍しいのよ」

急に真剣に言葉を漏らした洋服箪笥に、蜜柑は少し戸惑いを感じた。
そして、戸惑う唇で『…え?』と言葉を返す。

すると、また洋服箪笥は、辛いような、真剣な表情をして此方を見てきた。


「…私は、もう何年も棗様のお供をしてきたわ。
けど、今まで一度も、棗様は城外の者、増してや女なんか城に連れてこなかった」

ーでも、何でこの子は……

そう思った途端、嫉妬が込み上げて、洋服箪笥は、ばっと目を反らした。蜜柑は、きょとんと不思議な表情をしている。

すると、また。


ぐうぅぅーー
蜜柑の腹の虫が合唱を始めた。
顔を真っ赤にする蜜柑に対して、洋服箪笥は、深刻な雰囲気が腹の虫によって一気にぶち壊された為、目を真っ白にしていた。
そして、その呆然とした表情は、すぐにカッとした恐い表情に変わって、ムカツキマークを幾つも浮ばせた。

「あーもう!!この部屋を出て左に進めば食堂があるわ!
そこでどうにかしてあんたの腹の虫を止めてきなさいよ!!!」

ドアを指差しながら、そう怒鳴った洋服箪笥に、蜜柑は、あっかんべーとくしゃくしゃな顔を見せ付けた。それで、洋服箪笥の怒りは余計に膨らむ。
蜜柑がドアを半分開け、出ようとすると、急に洋服箪笥が『ねえ!』と声をかけた。
蜜柑は、少し顔をひきつらせながら後ろを振り向いた。其処には、先程と同じ真剣な睨む表情。

「っあんたなんかに棗様わたさないから!!」

その言葉を聞いて、直ぐに洋服箪笥が野獣を好きな事が分かった。

「誰がいるか!!」

蜜柑は、そう鋭くつっこみすると、ドアを閉めた。

部屋に一人残った洋服箪笥。
だが、閉まった筈のドアはまた開かれた。

蜜柑だ。

「…あの、名前何て言うん?」

『聞いてなかったから』と付け足したその蜜柑の表情は、少し照れ臭そうだった。洋服箪笥は、少し黙り込むと、ドアから顔だけ覗かせている蜜柑に対して、自身も少し照れ臭そうに口を開いた。


「ースミレよ…」

そう言うと、ドアの隙間の少女は、にっこりと柔らかく笑んだ。

「そっか。ウチは蜜柑。みかん、って呼んで」

そう言い終わると、蜜柑は、ドアをぱたりと閉めて姿を消した。そんな場面をぽつんと最後まで見詰めていた洋服箪笥の今の心の中は、嫉妬や、うっとおしさ等、少しも見つからず、ただ少し照れ臭さだけがあった。
そして、ドアから目を反らすと、ぽつりと言う。


「………変な子…」





棗様は、何を感じてあの子をこの城に…
それに棗様は……


『…女なんてどうでもいい。
このバラが全て散って、俺の命が絶とうとも…』


ーそう言っていたのに。



(…………心変わりでもしたんだろうか…)







言われたとおりに進んでいくと、突き当たりに大きな扉を見つけた。戸惑いながらも、ぐっと気持ちを押し込めて、軽くその大きな扉を両手で押す。
開いた先に映った光景は、一つの長いテーブルと、大きな台所。そして、其処には、ティーポットや、蝋燭等の仲間達が集まっていた。

「…あら、蜜柑じゃない」

顔を真っ赤にしているティーカップを引っ込めて、ティーポットがそっと蜜柑の前に近寄ってきた。それと、同時に残りの家具達が小さな身体をこつんこつんと鳴らさせて近づいてきた。

「……あ、あの…お腹空いてもうて……」

少し遠慮しがちに言う蜜柑の言葉を聞いて、一同は、一瞬顔を顰めた。

「……でも、棗は…」

一歩前に出てきたティーカップは、深刻な表情をしながら言おうとした。が、言いかけた言葉は、ティーポットの『いいのよ』の言葉で途切れてしまう。
ティーポットは、皆をしんと黙らせると、こつこつと優しい微笑みを見せながら蜜柑に目の前まで近づいてきた。

「さあ、此処に座って蜜柑。皆起きて!蜜柑に夕食を!」

蜜柑を指定した椅子に座らせ、ティーポットは、食堂にある幾つもの棚に向かって呼びかけた。その途端、がちゃがちゃと食器がぶつかり合うような音がし、棚で眠っていたと思われる、家具の仲間達が次々と蜜柑の目の前に現れた。
皆、眠そうな目をしていたが、手際良く夕食作りにかかる。そんな姿に蜜柑は驚きもせず、ただ楽しそうにそれを見詰めていた。
すると、置時計がこつんこつんと音を立てて此方に近づいてきた。

「俺の名は、岬。遅れてすまない。
少し待っていてくれれば、直ぐに美味しい食事をお運びしよう」

そう真面目に言い、軽くお辞儀をする置時計。

「…あ、ありがとう、岬」

その言葉を確認すると、また置時計は軽くお辞儀をして、食事を用意する家具達の所に戻った。そんな置時計の姿を見つめて、蜜柑は隣にのんびり腰掛ける蝋燭に話し掛ける。

「岬って人は、結構真面目そうなんやね」

そう言う蜜柑に、蝋燭は、家具達が作る料理の味見を黙ってしながら、にこりと笑った。そして、悪戯っぽい表情をしながら置時計に聞こえないように蜜柑の耳元で喋り始める。

「あれはね、真面目っていうか、神経質だね。
すっごい細かいんだよ、特に姿が時計だけあって時間には正確なんだ」

『僕、何時も怒られてるよ』と、面白可笑しく付け足して、二人けらけらと聞こえないように笑った。が、耳も断然良いとされる置時計には全てまる聞こえだったらしく、会話が終わると共に後ろから蝋燭の頭めがけて色鮮やかなナスが飛んできた。そして、それは見事に命中し、蝋燭は『っだ!』と情けない声をあげた。

「…何か言ったか、鳴海」
「い、い〜え。何にも〜〜」(聞こえてたくせに……)

その場で、どす黒いオーラを醸し出しながら言う置時計に蝋燭はナスをぶつけられた頭を抑えながら泣きそうな笑顔でそう言葉を返した。
そんな二人の行いを見て、蜜柑はくすりと笑う。何時の間にか、苛立ちや、複雑な感情は少しずつ家具達の力で消えていった。




「どうぞ、召し上がれ」

そんなこんなやっていると、食事が完成し、幾つもの皿に乗せられた豪華な肉や、野菜、魚等が綺麗に並べられた。初めて見るそんな豪華な食事を見て、蜜柑は思わず『わあ…』と感動したような声を漏らした。
蜜柑は、興奮した震える手で、左右に置かれたフォークとナイフを両手にそれぞれ持つと、大きく息を吐いた。

「いただきます!」

そう大きく言い、不器用にフォークとナイフを使って食べる可愛らしい蜜柑の姿に一同は、ほっとした笑みを見せ、ずっとこの少女が此処に居てくれたら、と願うのだった。
食べている間も、ティーポットや、蝋燭、他の家具達と仲良くお喋りをする蜜柑を見、ティーカップが顔を真っ赤にしたり、しなかったり。最後のデザートを食べ終えた時、蜜柑は初めて心から笑顔を見せた。


「ごちそうさま。ほんま美味しかったで!」

そんな蜜柑の様子を見、優しく微笑みながら置時計が軽くお辞儀する。

「いやいや。お気に召して良かった」

そう言い終わったのを確認すると、蜜柑は、食堂の周りや、食堂の窓の奥から見える部屋等を覗いてにんまりと笑顔を作った。
家具達は、そんな蜜柑の行動が理解できず、きょとんとしている。


「…なあっ。ウチ、まだよくこの城の事分からへんのやけど、案内してもらえる?」

その言葉を聞いて、真面目な置時計が顔を顰めた。
そして、ずずいっと蜜柑の前に出てくると、申し訳なさそうな表情をした。

「…すまない、それは………」

そう言いかけた刹那。
ティーポットがそれを止めた。

「あら、いいんじゃないかしら?岬。あの部屋以外なら」

『あの部屋以外なら』その言葉に少し蜜柑は違和感を感じたが、それは数秒だけの事で、あまり気にする事はなかった。
ティーポットの余裕な表情に置時計が何か言いたげな表情する。だが、やはり無敵なティーポットには勝てず、置時計は諦めたように大きな息を吐いた。

「……まあ…いいだろう、案内する…。ついて来い、蜜柑」

少し不満気そうな真面目な置時計は、小さな灯を持って、渋々と食堂の出口に向かった。その後を、蜜柑がついていく。
この後、蜜柑がこの城を出て行くきっかけが訪れるとは知らずに。





「…此処は、中世の時代から伝わる鎧【よろい】の置き場。
戦いの歴史と、衰退【すいたい】の歴史が一堂に集まる所なんだ」

小さな灯で説明する部屋を照らしながら、小さな置時計は、こつんこつんと先頭に立って歩く。それを、きょろきょろ回りを見渡しながら歩く蜜柑がついていく。

「図書館もあったりするん?」
「あるといえばあるが。案内しようか?」
「うんっ!」

本が大好きな蜜柑に、置時計は、今居る部屋の位置から真っ直ぐ先を指差した。だが、指差しただけではそれがどこなのか、分からなかった。何故なら、指差す先には幾つもの部屋が存在するからだ。
まあ、此処はついていくしかない。

そのまま、置時計は小さな身体で先頭を歩く。今だに長々と説明を続けている置時計に蜜柑は飽きを感じたのか、適当に相槌【あいづち】を打っていた。
だが、その適当さが悪かった。適当に言葉を交わしている間に、蜜柑は小さな置時計の姿を見失ってしまったのだ。
複雑な思いを感じながらも、とりあえず足を前に前に進ませた。

奥の奥に進んでいくと、真っ赤なじゅうたんの敷かれた長い階段が姿を見せた。蜜柑は、一旦周りをきょろきょろ見渡すと、ドレスの裾を両手でそっと持ち上げて、置時計の姿を探しに適当にその階段を上っていった。
登り終え、目に付いた其処にはドアのない部屋。恐る恐る入ってみると、部屋の真ん中には小さなテーブルが置かれ、その中には萎れかけたバラがカバーをかけられて佇【たたず】んでいた。


「…何でこんなところにバラが………?」

ちらりと少し見えるバラの姿。上に掛けられたカバーを外そうと、そっと手を伸ばすが、それは急に銀色の毛の生えた手に強引に奪われてしまう。
急な事に蜜柑は心臓をどくりとさせ、ばっとその手の人物を見た。

「…お前。此処で何してる………」

目に映ったのは、静かに此方をギリリと睨んでくる野獣の姿。
その鋭い瞳は、在り得ない程の迫力で、蜜柑の声は自然と小刻みに震えた。

「…そ、そんな怒らんでもええやんっ!…悪気は……ないんやし……」

そう強気でぶつかると、野獣の目が先程よりカッと迫力を増したのが分かった。その途端、蜜柑はその目に一瞬、麻痺されたかと思うと、勢い良く野獣に酷く突き飛ばされた。

「…っんぎゃ!!」

「…出てけよ。お前にもう用はない」

真っ赤な瞳を鋭い形に変えて見下ろすように睨んでくる野獣に、蜜柑は、キッとそれを睨み返し、身を翻【ひるがえ】してバタバタと去っていった。




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あんまり今のところ棗と蜜柑の絡みはあんまりありませんね。
ってか蛍さんの旦那は誰なんだって話です。


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