どうか、私を愛して下さい。 どうか、このバラの花弁が全て散ってしまう前に―。 J e t ' a i m e . < 2 > ― 愛しています ― 祖父が城から出ていって数分後、蜜柑は、野獣に連れられていた。 「此処がお前の部屋だ」 どうせ、自身の部屋等、臭くて狭い場所なのだろう、と思い、あまり期待はしていなかったが、指示された部屋のドアを開ければ、其処には思った以上に広々している部屋が映った。 見た事もない、どでかい綺麗なお化粧室や、ブラウンのビッグサイズのベッド。素晴らしい部屋だが、今の自身の立場を考えると、蜜柑の表情は何ら変わらず、瞳は暗くよどみ、何も映し出されてはいなかった。 そんな蜜柑の反応に、野獣は物足りなさを感じつつもぶっきらぼうに『好きに使え』と言い残すと、さっさと蜜柑を部屋に入れ、バタンと乱暴にドアを閉めると行ってしまった。 「殿下【でんか】、強引過ぎるわ」 部屋から出た野獣を、小さなティーポット【今井 蛍】が出迎えた。しれっとした顔をしているティーポットの横には、ティーポットの子供である、ティーカップ【乃木 流架】が一つ。其方は、むーっとした表情で此方を見上げている。 「…何がだよ」 そんな二人の表情をうざったそうに見下げながら野獣は自身の部屋へ歩き出す。 そんな後姿を小さな影は小さな身体をカンカンと鳴らせながら追いかけた。 「あれは酷いよ、棗っ。蜜柑っていう人に嫌われちゃうよ?」 「煩い、流架」 余計な事を言ってくるティーカップに野獣はぴしゃりとそう言った。 拗ねたティーカップは、さっとティーポットの後ろに姿を消したが、野獣は動じなかった。 「流架の言うとおりよ、殿下。 我々にかかった呪いを解くチャンスはあの女性が握っているのに…。 人間に戻れるのよ?なのに、あんなやり方では、あの女性に失礼だわ」 先程まで後ろに居たティーポットが野獣の前に寄ってきて、そう言った。その言葉で、野獣は、一つ息を吐いて、足を一旦停止させた。 「蛍、俺には心がない。 だから、こうなっているんだ、忘れたのか?」 その言葉を聞いて、ティーポットも、呆れるように息を吐いた。 そして、今だに後ろにしがみ付いているティーカップの頭を撫でながら此方を澄ました表情で見てきた。 「好い加減、学習したと思ったんだけどねぇ。 バラはもう……」 そうティーポットが言いかけようとした刹那だった。 「言うな…ッ」 急に鋭い言葉が響いて、ティーポットは思わず、手で口を抑えた。その瞬間、野獣は、その場に座り込んで頭を抱えた。何かに怯えるかのように。 ティーポットと、ティーカップは、頭を抱える野獣の顔を覗き込んだ。 「…っ俺にどうしろって言うんだ……ッッ」 暫く、其処で蹲【うずくま】っていた野獣に、ティーポットとティーカップは何にも言えず、ただただ其処で、野獣の表情が元に戻るのを黙って待っていた。 ・ ・ ・ ばふっ 蜜柑は、指定された自身の部屋にあるブラウンのベッドに思い切り飛び込んだ。色々な事がありすぎて、何も喋る気にはなれず、ただそのベッドに横たわっていた。 あんなに古ぼけた城なのだから、使われていない部屋は多い筈。増してや、住んでいるのは野獣だけだし。だが、何故かこの部屋はホコリ臭くもないし、ベッドも錆付いた臭いはしない。 この部屋だけではない、この城に入った時も、一切、ホコリの臭いはしなかった。誰かが掃除しているしか思えない、野獣だけでもこのお城全体を掃除するのは苦難だろう、では、何故…。 そんな事を考えたりもしたが、その気持ちは消え、直ぐに頭の中は祖父の事ばかりになった。 そんな時。 「あれまぁ、素敵なお嬢さんだこと」 静けさの中から、高いような低いようなそんな微妙な声音が一つ。 急に聞こえたその声に蜜柑はびくりと反応し、直ぐにベッドから飛び起きた。 「……あ、あれ…?」 だが、部屋の周りを見渡してみても、其処には誰も居ない。 気のせいか、と思い、またベッドに寝そべろうかとした瞬間… 「ここだよっ、ここ!」 また聞こえた声は、今度はベッドの真横から聞こえた。 蜜柑は、声の聞こえた真横を恐る恐る見てみると…… 其処には、礼儀正しくお辞儀をする小さな蝋燭【ろうそく/鳴海先生】。ゆっくりと顔を上げると此方にハートの飛んだウインクをしてきた。そんな有り得ない場面に、蜜柑は目をぱちくりとさせた。 「我が名は、鳴海。蜜柑様、以後お見知りおきを」 蝋燭はそう言うと、蜜柑の右手をひょいと持ち上げると、手の甲にそっと口付けをした。蜜柑は、夢ではないか、と自身の頬をつねってみたりもしたが、頬には十分に痛みが伝わってくる。 そして、之が現実だと蜜柑は理解すると、少し遅いが、驚いた表情を見せて大きな声を上げた。 「ろ、蝋燭が喋ったああー!!」 野獣よりも、蝋燭の方に驚いた蜜柑を見、蝋燭は苦笑いをした。だが、蜜柑は、恐がっているというよりも、楽しそうに蝋燭をつついたりしていた。 蝋燭は、そんな蜜柑に愛想笑いを見せながら、こつんこつんとベッドの横の小さな棚の上を歩きながら話し出した。 「僕は、この城の給仕【きゅうじ】。 この城には、僕以外に沢山の仲間達が居るんだよ。 皆、この城を守っていて、大切な役目を持っているんだ」 その言葉を聞いて、蜜柑は、この城が何故汚くないのかを、理解した。 蜜柑は、蝋燭に気を許し、蝋燭の方に顔だけ向けると、ベッドに深く寝そべった。 「なあ、他の皆もあんたみたいな姿をしておるの? 普通の人間は、いーひんの?」 その言葉に、蝋燭は、顔を顰【しか】めた。 そして、またにっこりと此方に微笑む。 「そうだねえ、この城の者全ては、呪いで姿を変えられてしまったんだ」 「…呪い?」 「うん、呪いで…。皆、本当は人間なんだよ。勿論、殿下も……」 殿下、その言葉に蜜柑は反応した。 あの野獣の身体の元は人間だったなんて……。 「今は詳しくは話せないな。まあ、いずれ話す時が来るだろうけど」 蜜柑は、小さく頷いた。 「其れから…、着替えのドレスに着替えてもらうけど、良いかな?」 蝋燭は、こつんこつんと蜜柑に寄ってくると、自身の灯で蜜柑が今着ているドレスを照らした。灯で映し出された蜜柑のドレスは、祖父を探しに馬に乗って、無我夢中に来た為か、泥等がドレスの裾についていて、汚れていた。 蜜柑自身もこんなにも汚れていたなんて気づいていなかったらしく、思わず『わっ』と声を上げた。 そんなドレスを見て、蝋燭も苦い表情をした。 「…ありゃりゃ、殿下の言うとおり酷いもんだあ」 『直ぐに着替えのドレスをお持ち致しましょう』と蝋燭は言うと、直ぐに後ろをくるりと向いて、こつんこつんと部屋のドアに向かっていった。 だが、そんな蝋燭の後姿に蜜柑は『待って』と声をかけた。 「……あの、殿下の言うとおりって…?」 そう先程、蝋燭が言っていた一部を問うと、蝋燭は、優しげに微笑みながら、此方に振り向いた。そして、再度、此方にこつんこつんと近寄ってきた。 「殿下は、蜜柑様の汚れたドレスをお気になされてたんだ。 …殿下は、君の思っている程、恐いお方ではないよ?」 それだけ言うと、蝋燭はまたドアにこつんこつんと向かっていった。 だが、また蝋燭は其処に立ち止まると、今度は振り向かずに言った。 「……寧ろ、寂しいお方だよ」 言い終わると、また此方に優しい表情で振り返り、『嫌いにならないでやってね』そう付け足すと、がちゃりとドアを開け、またパタリとドアを閉めて、ドレスを取りに去った。 ・ ・ ・ 野獣は、何時もの表情を取り戻し、自身の部屋でティーポットとティーカップとで会話をしていた。もうとっくにこのお城では食事の時間を過ぎている時間帯だ。 今日はその食事の時間が遅い理由は、今日初めて会った少女が城の中に居るという、何時もと百八十度変わった変化の戸惑いからなのだろう。 「…お腹空いてないかなあ……蜜柑って人……」 カチカチカチと、時計だけが響く、広い野獣の部屋の中で、ティーカップはぽつりと呟いた。先程から、かつんかつんと落ち着きのない行動をしていると思ったら、そんな事を考えていたのだった。 ティーカップの言葉に野獣は少し反応したが、言葉は返さなかった。 「…だって、必死におじいさん探しにきたんだよ? 疲れて、お腹が空いている筈だよ」 そう心配そうに訴えるティーカップを横目で見て、クールなティーポットは野獣に近づくとこんな事を言った。 「夕食を一緒に誘ってみたら?」 その言葉に、野獣は、やっと聞き耳を持つと、ティーポットに『夕食?』と聞きなおした。 「ええ。美味しい料理が目の前に並べば、きっと心もほぐれるわ」 伝えてくるわね、と言い残し、ティーポットは、ティーカップを連れて、野獣の部屋のドアまで近づき、出ようとした。 だが、ティーポットは、何を思うのか、一旦進む足を停止させると、真剣な眼差しでまた野獣の方に振り向いた。 「…殿下。分かっているんでしょう?本当に之が最後よ…」 その言葉に、野獣は、ティーポットの方に振り向きもせず、無言を返した。 だが、そんな野獣に御構い無しに、ティーポットは喋り続ける。 「ー優しい子よ」 その言葉に、野獣はやっと振り向くと、顔を顰めた。 「…何でそんな事言えんだ」 そう問うと、ティーポットは、ふっと澄ましたように笑うと、ドアをがちゃりと半分まで開けて振り向かずにこう言った。 「…こんな森の奥まで、深い森を抜けて、たった一人で、あの老人を探しに来れる? あんな、か弱い女性が?」 野獣は、その事を考えると、ぐっと下を俯いた。 「……恐かっただろうな」 「当然よ」 そうぴしゃりと言い放つティーポットに言葉を返す事もなく、野獣はただただ黙りこくった。そして、ティーポットと、ティーカップが部屋のドアを閉めようとした刹那。 野獣は言う。 「――…愛して………もらえるか……?」 あの子は、自身を愛してくれるだろうか、と。 そう弱々しく問う野獣に、珍しく優しい笑みを見せながらティーポットは言う。 「――貴方次第よ。」 ぱたり、とドアが閉まった。 ------------------------------------------------------------ すいません…長くて。 まだこの時点では、半分も終わっていません; やっぱり蝋燭役のルミエールは鳴海先生ですかね。 この後には多分コグスワーク役の岬先生も出てくる予定。 →3へ進む |