どうか、私を愛して下さい。 どうか、このバラの花弁が全て散ってしまう前に―。 J e t ' a i m e . < 1 > ― 愛しています ― 今日も、栗色のウェーブの髪をした少女が水の入ったバケツを両手に持って、ばたばたと駆けていく。 「じーちゃん、水汲んできたでっ」 じーちゃんと呼ばれる老人は、『ご苦労』とにっこりと言って、少女が持ってきたバケツの水を受け取ると、それを軽く花壇に植えられた沢山の花達に注ぎ始めた。 「んもう、ほんまじーちゃんは花好きなんやねぇ」 と、呆れたように両手を組んで苦笑いする少女。 どうやら、花好きな自身の祖父に花にあげる水汲みを頼まれたようだった。 古ぼけたオレンジのドレスを着た少女の名は、蜜柑【佐倉 蜜柑】。小さい頃に両親を亡くし、今は祖父である老人と二人暮しをしている。両親が死んだにも関わらず、蜜柑はそれに耐え、何時も元気に振舞う、そんな女の子だった。 そんな少女は、とても心優しく、村の人々に好かれていた。 そして、今日も元気に村を散歩。 そんな時、何時ものあの男が蜜柑の目の前にひょこっと現れた。 「やあ、蜜柑ちゃん。今日も元気だねぇ」 ちゃっかり少女の両手を掴んで、にへらと笑いかける男の名は、殿【殿内 明良】。蜜柑より三つ程年上で、村の中では、お調子者で、村一の女好きと言われる程の可笑しな男だ。 だが、誰にでも笑顔で振舞う蜜柑は、そんな事なぞ気にせず、『こんにちは』と笑顔で返した。まあ、気にしないという前に、そんな殿の人柄に蜜柑が気づいていないだけの鈍感さによるだけだが。 「今度こそデートしない?」 「ごめんな、今日もじーちゃんのお手伝いせなあかんねん」 「え〜っ、昨日も一昨日もそうだったじゃ〜んっ」 お手伝い、と言っても、そんなに忙しいものではなかった。なのに断る理由は、祖父から『あいつに何を言われても断るんじゃぞ』ときつく言われているからだ。ただ、何故祖父がそのような事を言うのか、蜜柑は気づいてはいないが。 「ごめんなあ、じゃあウチ行くから」 そう軽く笑って去っていった蜜柑の後姿を見ながら、殿は苦笑いを送った。 (…まあ、可愛いからいいけどね) ・ ・ 「ただいまー」 眩しかった太陽が、真っ赤に燃え上がる頃、蜜柑は家に帰ってきた。がちゃり、とレンガ作りの家のドアを開けると、夕飯の用意を終わらせ、机のちょこんと座って蜜柑の帰りを待っていた祖父の姿が映った。 『おかえり』というその声音は、何やら何時にも増してテンションが高いように思えた。 「わあ〜っ、夕食作っておいてくれたんやあっ」 見れば、机の上には出来たてほやほやの湯気のたつコーンスープに鶏肉、そしてパン。何時もは、自身が作って、花に夢中な祖父の帰りを待つ立場だが、今回は、何故か祖父が作っておいてくれていた。 物凄く珍しくて、凄く嬉しく思い、興奮した動きで隣の自身の席に座った。 「…でも、何で作っておいてくれたん?」 スプーンを握りしめたまま、蜜柑はきょとんとそう祖父に問うと、祖父は待ってましたというようににんまりと笑顔を見せた。そして、身の乗り出す。 「聞いて驚け、蜜柑!あの西の森に伝説の花があるというんじゃ!」 それは、花好きの祖父らしい発言で。 けれど、何時も呆れる蜜柑だが、今日は違った。 『西の森』という言葉に蜜柑は思わず椅子から腰を上げた。 「に、西の森!?あそこは危険やと村の皆がゆうてたやん!!」 そう怒鳴っても祖父は顔色一つ変えず、つーんとしている。 「あのな、蜜柑。わしが今まで何を研究してきたと思っとるんじゃ。 伝説の花じゃぞ?わしは今までずーっと伝説の花の事を研究してきたっ。 そしてやっと今、場所が発覚したんじゃ!こんなチャンスを見逃す等できん!!」 ぺらぺらと出てくるその発言に蜜柑は『じーちゃんに何を言っても無駄だ…』そう思った。 そして、一つ長い息を吐くと、今まで握り締めていたスプーンを机の上に置いた。 「…わかった。せやけど、ウチも行くで?」 そう蜜柑が真剣に言った途端、やっと祖父の顔色が変わった。 そして、自身も持っていたフォークをがちゃんと机の上に置いて、蜜柑に近づく。 「阿呆言うな阿呆!可愛い孫娘をそんな危険な所に連れていける訳なかろう!!」 「…だ、だって………」 「森にはわし一人で行く!お前は一切口出しはするなっ」 迫力満点で叫ぶ祖父に、蜜柑は何にも言えず、ただこくりと小さく頷いた。 その後、祖父が『冷めるから食べよう』と言ったのが合図となってまた食事は再開した。 祖父は、早速明日森へ向かうらしく、その夜にはウキウキ気分で鼻歌を歌いながら食料や、いざとなった時の為の銃や、玉等をリュックに詰め込んでいた。 そんな祖父の姿を部屋の隙間から覗きながら、蜜柑は複雑な思いに襲われていた。 そして、翌朝。 祖父の後姿を見送りながら、祖父は森へと向かった。 祖父が西の森に行った、それは村中に簡単に広まり、時々村の人々が心配して家を訪ねてくるようになった。 祖父の居ないそんなチャンスを狙ってか、またあの男までもが少女の前に現れる。 今日は、赤い大量のバラを持ってやってきた。 「じいさん西の森に行っちまったんだって?可哀想になあ」 誰にでも笑顔で振舞う蜜柑だったが、祖父への心配からか、今日はその元気さは見当たらない。なので、バラを持った殿の姿等全く眼中に入らず、そのまま真横を通り過ぎていった。 だが、今日の殿は違った。 無視された情けない表情をきりりと変化させて、また蜜柑の前に姿を見せた。 「蜜柑ちゃん!俺、女好きとか何とか言われてっけど 俺の好きな女性は蜜柑ちゃんだけだから!」 急にそんな事を言われ、蜜柑は、ハッと殿の方を向いた。其処には真剣な顔であるが、どこか恥ずかしさを感じている殿の姿。 蜜柑は、急に恥ずかしさを覚え、顔を真っ赤にさせた。 如何にも思っていなかった殿の行き成りの告白。告白される等、初めてだった蜜柑は、何も言えず、口をぱくぱくとさせていた。 その瞬間、急に鼻に柔らかな香りが漂った。 殿が持っていた大量の赤いバラの花束を蜜柑に差し出したのだ。 「返事は何時でも良いから。 覚えておいて」 それだけ言うと殿はぐるっと背中を向けて走っていってしまった。 一旦、顔を真っ赤にさせていた蜜柑だが、直ぐに祖父の事を思い出し、殿との事など直ぐに頭から消されていた。 日暮れ。 祖父は、森へ出かける前に自身に『日暮れまでには帰る』そう残していった筈。 だが、庭で祖父の帰りを待っていても、祖父らしき人影は全く見えず。 蜜柑は、どんどん心配になり、汚れるドレス等気にせずに、自らが飼っている白い馬を呼ぶと、その背に乗り、西の森の道へと急いだ。 進めば進む程、木が多くなってきて、西の森が姿を見せる。 森には明るさ一つもなく、真っ暗で気味が悪い。 だが、やはり祖父の事が心配なので、蜜柑はその恐怖に耐え、馬が走るがままに森の奥の奥へと進んだ。暫く、走っていると、急に馬が足を止めた。 ゆっくりと、其処から降りて、驚いた。首を大きく上下に動かしてしまう程、大きくて背の高いお城が其処にあった。真っ暗なそのお城は、気味が悪く、幾つもの木のつるがその城を囲んでいた。 蜜柑は、恐る恐るその城の入り口まで近づくと、軽く、コンコンとドアを叩いた。 「あ、あの〜…誰か居ませんかあ…?」 そう小さく呟いた途端、急に叩いたドアがギィィと重たく開き、蜜柑は驚いて肩をびくりとさせた。開かれたドアの目線の先には何にもなかった。 けれど、ゆっくりと手で触れてみると、何だか柔らかなもくもくした肌触り。 頭上にハテナマークを浮かべていると、真上から大きな息が吹いてきた。 「おい。」 息と共に降ってきた低い声音に、蜜柑は、肩をびくりとさせ、恐る恐る声のした真上に顔を向けた。 其処には、自身よりも体格は大きく、真上から鋭い目つきで自身を見下ろしている野獣【日向 棗】の姿。初めて見るその姿に蜜柑は叫ぶ余地もなく、ただただ、言葉を失っていた。 「……あ、あの……こ、此処に…じーちゃん……こーへん…かった…?」 勇気ある少女は、声をどもらせながらも、目を反らしながらそう聞いた。きっと夢だと、そう心に訴えながら。 「…ああ、あのじじいか。地下牢に閉じ込めてある」 そう澄ました表情で言った野獣に蜜柑は、恐ろしさを一旦忘れ、野獣のもさもさとした毛を掴んで近づいた。 「地下牢に!?何でそんな事したん!?」 急に掴みかかってきた蜜柑に、野獣は一瞬驚いたが、直ぐに蜜柑の手をばっと無理矢理に離すと、野獣は、くるりと背を向けて、城の中へ入っていった。その後を蜜柑は、必死に着いていった。そして、そのまま会話続ける。 「…っちょ…聞いてるん…!?」 「無断で俺の陣地に入り込んだからだ」 「…そ、そんなっ。……なあ、じーちゃんを出してあげて!? じーちゃんは悪気があってあんたの陣地に入ったんちゃうねん!」 その言葉に野獣は一旦足を止めると、にやりと怪しい笑みを見せながら野獣は蜜柑の方に振り向いた。真近で見るその姿は、一層恐ろしい。 「出してやってもいいけど… その代わり、条件がある。」 ・ ・ ・ 「じーちゃん!!!」 真っ暗な地下牢に姿を見せたのは、西の森に消えた自身の祖父。今直ぐ、抱き合いたいところだが、野獣は、牢屋の中までは入れてくれず、牢屋を囲う鉄を間に挟んだ対面となった。祖父の腕には手錠がかけてあり、動けないようになっていた。 今は、真冬で、低温度の為に祖父の身体は凍えていた。増してや、地下というひんやりとした場所の為、祖父の身体の状態は、思った以上に危ない状態だった。 「み、蜜柑!お前…何でここに……ッ」 「助けに来たの決まっとるやん!心配かけさせよって!!」 「阿呆!お前っ、こんな危ないところに一人で来て何しとるんじゃ!」 「阿呆はじーちゃんの方や!ウチは助けたいから来たんや!口出しせんといて!」 『口出しするな』それは、祖父が西の森の出発する前に蜜柑に言った言葉。それを思い出し、祖父は、何も言えなくなると、『自分が馬鹿だった』と泣き出した。 そんな祖父の手を牢屋の隙間からゆっくりと出すと、蜜柑は何も言わずにそれを握った。 そんな二人の姿を野獣は、口出しせずにただ見詰めていた。 「なあっ、条件って何なん!?はよじーちゃんを出してあげて!!」 祖父の手を握りながら、蜜柑は野獣の方に振り向くと、先程言われた『条件』について聞いた。野獣は、不気味ににやりと笑むと、分厚い足音をたてながら、此方に近づいてきた。 「そのじじいは村に返してやる。 だが、その代わり、お前は此処に残れ」 その瞬間、二人の顔色が変わった。 「…なっ、わしの孫娘を置いていくなど出来る訳なかろう!!」 「……文句言うんじゃねぇ。それが条件だ」 涙乍らに訴える祖父の言う事等聞く耳も持たず、野獣は、祖父をギロリと睨み付けた。 そんな睨みに負けず、祖父がまた言い返そうとした瞬間、蜜柑が祖父の前に、やめて、というような手を見せた。 そして、真剣に蜜柑は野獣の方を見詰めた。 「……ええよ。それでじーちゃん助けてくれるんやろ?」 そう言うと、野獣は、思った以上にあっさりと賛成した少女に戸惑いを感じながらも『ああ。』と答えた。 だが、そんな事、祖父が許してくれる筈もなく、祖父は、握り締めていた蜜柑の手をぎゅっと強く握ると、蜜柑に訴え始めた。 「何を言うとるんじゃ蜜柑!わしなんかどうなってもええ! お前が犠牲になるだなんてじーちゃん許さへんぞ!!!」 握る手にぽたぽたと落ちてくる祖父の涙を辛いながらも見ないようにしながら、蜜柑は真剣な眼差しで祖父の手をぎゅうと握り返した。 「これはウチが決めた事や。じーちゃんは口出しせんといて」 『口出し』また出たその言葉と、『ウチは大丈夫やから』と付け足された言葉に、祖父はまた涙を流しながら、大声で泣き始めた。『いやだ』と。 その刹那、野獣が、空っぽの鎧達【よろいたち】に指示をし、祖父を持ち上げ、城の茶色い馬に乗せた。 馬は、祖父を乗せ、走り始めた。 「みかん!!!みかーーーん!!!!!」 今だに訴える声に蜜柑は聞かないようにと、耳を塞ぎながらそれを見送った。 暗闇で見えないかと思われた、瞳からの雫は、隣に居た野獣には気づかれていた。 「……辛いか」 「…当たり前やん」 「……悪く思うな」 何時か、絶対帰るから。 せやから、それまで。 ごめんね、有難う。 ーさようなら、じーちゃん…。 --------------------------------------------------- 一応、蜜柑の年齢は16歳くらいにしてあります。 殿というキャラが居て本当に良かったです。 主人公であるベルにしつこく付き纏う『ガストン』役は殿にぴったりかなー…と。 いずれ、ガストン役である殿は、この二人の運命を変える鍵となります。 ※少し、本来のストーリーと変わってきてしまうかも。 5でやっと棗と蜜柑が発展し始めます。 鳴海や、岬、パーマなど色々出てくるのでお楽しみ下さい〜。 →2へ進む |