「5:前向き」
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数分前の心読みの言葉が忘れられなくて、去っていく少年を咄嗟に追いかけた。
『棗君、自分が死ぬ夢見たの?大丈夫?』
心の中を読まれた少年は心読みに拳骨し、其の侭教室を出ていってしまった。今朝から何か少年が沈んでいたのと、荒れていたのはそれが原因だった。
去っていく少年の横顔が何だか苦しそうで、少女は気になってしまったのだ。
「なつめっ」
廊下の窓から外を見下ろしている少年を見つけ、少女は少年の名を呼んだ。しかし少年は一度少女と目を合わせたかと思うと、すぐに無視するように目をそらしてしまった。
だが少女はそんな事など気にせず、黙って少年の隣に移動した。少年は隣にきた少女を睨んだものの、押し返す事はしなかった。
「…あの、大丈夫?」
「何が」
すっぱり返された問いに、少女は思わず口篭った。何時もは高い声をあげて直ぐに両者言い合うのだが、沈んでいる少年の雰囲気に少女は飲まれてしまっていた。
「……その、夢って…具体的にどうゆう…」
「話す必要ねえだろ」
「…そうやけど」
何を問うても少年からはぴしゃりとした冷たい返事しか返ってこなかった。無理はないと思ったが、それでも少女は放っておけなかった。暫く、沈黙は続いた。
毎日が死ぬか生きるかの瀬戸際に立たされている棗にとって、"死"の夢は洒落にならなかった。夢の中の自分は、何故死んだのか。どのようにして死に至ったのかは分からない。ただ、真っ暗なところにうつ伏せで倒れていた。ぴくりとも動かない、死の映像だった。
何時でも死んでも良いと思っていた。死ぬ事など怖くないと、そう思っていた。でも其れは前までのこと。大切な仲間ができた今、死にたくはなかった。失いたくはなかった。だから今朝見た夢を見て絶望した、怖くなってしまったのだ。
「…棗は、死なへんよ」
駆け巡る不安の中に、急に少女の声が割って入ってきた。我に返って少女の方に顔を向けてみれば、少女が真剣な表情で此方を見詰めていた。
でも其の言葉に、少年は逆に怒りを感じた。少年と少女ではあまりに違いすぎるからだ。少女は少年の痛みを知り尽くしている訳では無い。少年の立場を、少女はそこまで知らないのだ。
「……簡単に、言うな…っ」
お前に何が分かる、少年は訴えた。
分かったような口をきいてくる少女に、自棄に腹が立った。
「ってめぇは何時もそうだ!何も知らないくせして近づいて綺麗事を並べやがる!!」
気持ちが暴走して、少年は赤い瞳を吊り上げて少女に怒鳴った。少女がどんな表情をしているかだなんて、考えてる余裕もなかった。
「本当は何も思っちゃいねえんだろ!!言葉だけで心の奥底じゃなんにも……っっ」
刹那、ぱんっと鋭い音が響き、少年の言葉を掻き消した。少女に頬を叩かれた少年は、目を白黒させて呆然としていた。ふと我に返って、少女の表情を再度見やると、少女は目を潤ませながら、眉を吊り上げていた。
「…あんたはっ、死にたいん?死にたないん?どっちなん!?」
あまりの衝撃に、少年は何も言い返す事が出来なかった。ただ少女から次々に出される言葉と、其の瞳から流れ落ちる涙に、釘付けになっていた。
「ウチはあんたの事情とか辛さとかわからへんよ!!せやけど…っ後ろ向きんなってたら何も変わらへんよ!?」
自分で死の可能性を広げてどうするん、少女は付け足した。瞳に沢山の涙を溜めて、何粒も落としながら訴えた。少年の瞳は、だんだんと穏やかなものへと変わっていった。
「マイナスに考えすぎやから変な夢見んねん…っ」
少女は手で顔を覆うと、静かに泣き始めた。そんな少女を見て、少年は愛しくなった。少女はどうしてこんなにも輝いているのか。どうしてこんなにも自身を癒していくのか。
ー愛しかった。
「…っわ」
思わずその細い肩を囲んで、其の小さな身体を抱きしめた。強く抱きしめると、より一層癒された。表現しきれない熱い想いがぐっと胸に打ち寄せてくる。
少女は真っ赤な顔で慌てて少年の胸を押したが、少年は離さなかった。
「…てめぇ、前向きすぎんだよ」
ぼそっと文句を言うが、其れは誉め言葉だった。自身は立場が立場なだけに、何事も消極的に考えすぎていた。そんな立場だからこそ前向きに考えなくてはいけなかったのに。
ー前向き、それが少女の長所であり、少女が自身に教えてくれた言葉である。
「…明日はちゃんと、良い夢見れるよ」


END
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なにこれ。
私この作品についてはいつも以上に自信がない。
前向き…これ書くときめっちゃ悩みましたもん。私にとっては難しいお題だった。あーだめだ。