「癒しは酒に非ず」
目に付いたのは、机の上に置いてある缶ビール。少し皆と遅れて完成した課題をツインテールの少女が職員室に持っていくと、其れが目に付いた。机の名札を見れば其処は鳴海の机で。
缶ビールをじっと見詰める少女に気づいた教師は、ばつの悪そうな表情をするとすっと少女の目から逃れる様に缶ビールを持ち上げた。
「…ああ、課題ね。はい、確かに受け取りました」
職員室で缶ビールを飲んでいた事で生徒に信頼を無くされてしまっては困るから、教師は少女の手にある課題のノートをもう片方の手で受け取ると、少女を帰らせようとした。然し、少女の瞳はきらきらと教師の手にある缶ビールに釘付けになってしまっている。
「鳴海先生、それお酒?」
「…あ、ああ。わかっちゃった?」
参った、という様な表情をすると、教師は渋々腰後で隠していた缶ビールを少女の前に移動させた。少女は目の前にやってきた缶ビールをじーっと興味津々に見詰めている。信頼を無くされる訳では無いと安心はしたが、何だか心は複雑だった。教師がこんな小さな少女にお酒等見せ付けて良いものか。
「…なあ、お酒って美味しいん?」
目を輝かせる少女は、教師を見上げてそう問う。あまりの少女の目の輝きに、教師は苦笑いを浮かべながらたじたじこう答える。
「美味しいと思うのはもう少し大人になってからだよ。お酒は大人の飲み物だからね」
あくまでお酒に興味を抱かせない様に気を配りながら。
「…子供は飲んだらあかんの?」
「うん、あかんの」
他の教師達に嫌な目線を送られながら、教師は軽く会話を終わらせると少女の背中を押して職員室のドアに近づけさせた。然し、未だに少女のきらきらした瞳には教師の手にある缶ビールが映し出されていて。
少女は廊下に少しだけ出されても、暢気に教師に質問を続けた。
「なあ、お酒ってどんな時に飲むん?」
好い加減にしてくれ、そう思ったがこれが最後の質問だと自分の中で決め付け、あくまでにっこりとした表情で教師は質問に答えると、無理矢理ドアを閉めた。廊下では、ぽつんと少女だけが取り残された。
『殆ど気分転換にだけど、寂しい時に飲む事もあるかな?』
「閉める事ないやんかあ。そんなにお酒取られとないんかあ〜?」
帰り道の裏庭で文句を一つ。空を見上げれば、何時の間にか灰色に薄っすら月が見え隠れしていて。もう直ぐ暗くなるらしい。今日までに提出しなければならない課題を慌ててやっていた為か、こんなに遅くなっていた等気づきもしなかった。其の為、周りを見ても自身以外誰一人と見つからなかった。
寮も見えてきた頃、草村の方で何かが動いた様な音がし、少女は足を止めた。何時もは好奇心満々な少女だが今は一人。とても草村を覗きに行ける様な勇気は無かった。然し、草村から見覚えのある黒髪を目にし、少女は其の人物を確認すると、草村に近づいて見る事にした。
「あ〜、やっぱ棗や」
其処に座り込んでいたのはやはり何時もの少年。気づいた少年は少女の顔をちらりと見ると、直ぐに後ろに向き直してしまった。
然し、少女はそんな無愛想な少年に等気にはせず、ちょこんと勝手に隣に座り込んだ。
「勝手に座んな」
「別にええやん。って、あれ?何飲んでんの?」
少年の右手に持たれているのは透明な瓶。中には残り半分くらいの液体が揺れている。暗くて良くは見えないが、多分綺麗な赤に近い色の液体だろう。
瓶に包まれているシールの文字を読もうとするが、全て英語で何が何だか分からない。でも、何だか美味しそうに見えるのは確かで。微かに漂う甘い香りに少女は間抜に涎を垂らした。
すると、少年が其の瓶を少女の前に差し出した。
「飲んでみるか?」
「ええのん!?」
「ああ」
差し出された瓶をゆっくりと両手で持ち上げると、少女はドキドキと胸を高鳴らせ、こくりと其の液体を一口飲み込んだ。
然し、途端に現れたのは恐ろしく急ブレーキする少女の眉で。直ぐに唇から瓶を離すと、先程飲み込んでしまった液体を苦しそうに、ぺっぺっと吐き出した。
「…っっこれお酒やんか!!!」
そう。少年が影に隠れて飲んでいたのは果実酒で。缶ビールよりかは甘く優しいお酒だが、如何やら少女には合わなかったらしい。
少年は苦しそうな少女を見、意地悪そうにベッと舌を出している。
其の途端、自身の思っていた味とは遥かに異なるお酒と云う味に少女の機嫌は一気に下がった。
「っちゅーか、お酒は大人の飲み物やで!?鳴海先生がゆうてた!!」
「てめぇも飲んだじゃねーか」
「…っそ、それはお酒って知らんかったから…!ええから飲むのやめろ!」
「ぎゃーぎゃーうるせーよ」
少女が止めようとしても、少年は其れを無視し果実酒を飲み続けている。好い加減頭に来て、『なつめ』と怒鳴って少年の手にある果実酒を奪おうとした。然し、伸ばした手は共に伸びてきた少年の腕を止められてしまい、くるりと手首を回されたかと思うと、其の侭後ろに体重を掛けられた。
背中に振動が来て、反射的に瞑ってしまった瞳をゆっくり開けると、映ったのは先程より暗さを増し、月のくっきりした夜空で。そしてもう一つ、顔をずらせば、上には少年の顔があった。
「お前、分かってんのか?」
「……っへ…?」
「ー俺、酒飲んでるんだけど。」
アルコールには特徴がある。
其れは、酔ってしまう、ということー。
「……う、ウチ帰るっっ!!!」
押し倒された状態から慌てて少女は勢い良く立ち上がった。顔が赤いのを夜の暗さで誤魔化しながら。少年はそんな少女を止めずに、体勢を直すとまた何事も無かった様に果実酒を飲み始めた。此の侭少女に居られたら、理性が如何にかなってしまう事を承知なのであろう。
少しぎこちない足取りで何歩か寮への道を歩いたが、顔の熱さは治らなかった。然し、そんな時、先程教師から言われたある言葉が頭を過ぎった。
『ー寂しい時に飲む事もあるかな?』
其れを思うと、何だか少年の事が気になり出して、思わず足を止めた。そして、少年の方にゆっくり向き直ると、少年は其れに気づいて不思議そうな表情で此方を向いた。
ーもし、……だとしたら……
「…ウチが棗を……っっ」
「…は?」
少しだけ距離の空いた場所でそう叫ぶ。
然し、何だか照れ臭くて、其れに臭い言葉だから其の後の言葉は続かなかった。
そして、序序に意地っ張りになってしまって行く自身の感情。
「いや…っお酒って苦いし、不味いし……っな、何でもないっっ!!!」
「…何言ってんだ、お前」
最後まで告げない内に、少女は走っていってしまった。
然し、夜空の下で少年の表情は微かに綻んでいた。
ーもし、棗が寂しいと思っているんだとしたら……
『…ウチが棗を……っっ』
『ー…元気にさせるから。』
「…ばーーか。」
当分、酒は必要無いようだ。
END
---------------------------------------------------
WEB☆アリス祭に投稿させて頂いた作品。
お酒って結構寂しい時とか自棄になった時とかに飲む事も多いのかな、と思い書かせて頂きました(まあ果実酒なのですが;)間接キスなのにあえてつっこまないのはつっこむと話がややこしくなるからです。申し訳御座いません(苦笑)
『元気にさせるから』というのは物凄く単純です。小学生なので、そんなに重い発言はしないかな、と其れに蜜柑ですからね(笑)