「忘れないよ。」


此の侭みんなずっと一緒なんて事は、有り得ない。何時かは大人になって、アリスを活かしてそれぞれ違う道を歩んでいく。大手会社に勤める者、ごく普通に家庭を持つ者、遠くに行ってしまう者。其れは免れない事。別れというのは寂しいが、皆そうやって大人になっていかなければならない。
偶々、授業が終わる直前のほんの空いた時間にその様な話を、現実的な教師が話してしまったもんだから、茶金髪の少女は混乱した。
「蛍は何時か遠いとこに行ってしまうんやね…」
「何勝手に決めてんのよ」
「だって蛍は天才やもん。他の国に行って有名になるに決まってるもん」
大人になるって怖い、そう付け足した茶金髪の少女の表情は涙を浮ばせ青褪めている。"面倒臭い事をしてくれたものだ"発明少女は、先程教室を出て行った現実的教師を静かに恨んだ。
本来ならば、発明少女がどんな遠い所で、どんな所に行ったって、茶金髪の少女は発明少女の姿を追って行った筈。その様な大胆な少女の行動で、今この状況があると言っても良いのだ。然し今の少女は前向きな姿勢は無く、ただしょぼくれていた。其れは、大人になるという意味を少女が理解しているからだろう。
すると、茶金髪の少女はぽつりとある言葉を漏らした。
「…きっと、蛍はウチの事なんか忘れてしまうんや……」
そう震える口調で言った茶金髪の少女の言葉を、発明少女は否定出来なかった。何時も茶金髪の少女にすっぱり言葉を返していた発明少女だったが、何故か今の言葉を否定するのに息が詰まってしまったのだ。純粋で馬鹿な親友を目の前にして、発明少女は珍しく焦った。自然と熱い汗が肌に滲んだ。
ぼやけた視界で見てみれば、茶金の少女が不安そうな表情で此方を見詰めている。何故だか罪悪感が走った。細い冷たい空気の様なものが身体中を駆け巡った様な気がした。
「…そんな訳、ないでしょ」
途切れ途切れ、今更言葉を返す。
茶金髪の少女と、目を合わせられなかった。







今まで人を信じた事が無かった。其れなりに友達と呼べる者は少数いたが、其の少ない数の中の人間も"心から好きだ"と思えなかった。上辺だけの仲、そう言っても良かった。
『あたし達親友だよね』その様な言葉を何回も耳にした。其の度に、『うん』とだけ頷いてきた。でもそう言った親友は、自身が"無表情"だとクラスでからかわれた時も一緒に笑っていた。まるで悪魔の様に。その時尚更気づくのだ、あの言葉の中身は空だと。
それからも、友達は何人か出来た。でもどれも印象に残っていなかった。冷たくあしらってしまう。深入りはしない。どうせ裏切られるのなら、信じたって、笑いかけたって、意味が無いと。当然の様に皆去っていった。其れで良い。其れで気が楽なのだ。自身の心は無関心なのだ、と。

近くに居た友達の名は全て忘れた。
顔も、性格も、髪型も、
どんな声をして笑うのかも、全て。
必要が無いと思った。
例え、純粋な友達でも、忘れてしまう自身が居た。


ー何時か、この子の事も忘れてしまうんだろうか。
この冷たい心は、この子の存在をも消してしまうんだろうか。
あたしに笑う事を教えてくれたこの子の笑顔までも、あたしの心は…。

正直、自信が無かった。







「…あ。いけない」
がばっと身体を起こし、時計を見た発明少女は呟いた。放課後になって図書室に入ってからもう二時間も経っている。本を読みながら考え事をしていたら何時の間にか寝てしまっていたのだ。
慌てて鞄に本を詰めて、図書室を出て、階段を駆け下りて行く。早くしないと玄関を閉められてしまう。茶金髪の少女には先に帰っておいてと言ってあるし、もう、きっと寮に居る頃。
息を切らせ、玄関までつくと、見慣れた後姿が外にある。まさか、そう思い近づいてみれば、其処に居たのは帰ったと思った筈の茶金髪の少女の姿が。
『あ』と、茶金髪の少女も発明少女に気づくと、にっこり微笑んで近づいてきた。
「…あんた、何してんの」
「忘れ物して戻ってみたら蛍の靴があったから、待ってたんよ」
「…………」
待ってた、ってどのくらい待っていたんだ。外はこんなに寒いのに、こんな薄着で、そして一人で。低い鼻は真っ赤に縮まって、袖から出た小さな手は凍っている様に見えた。それでも笑顔を作っている。こんな寒い中、自身を待っていた、と。
馬鹿だ、そう思うのと同時に、何だか泣けてきた。
「蛍っ、蛍の手冷たくなってまうから、手つないどこ?」
そう言って茶金髪の少女は微笑んで自身の手に手を伸ばした。伸びてきた手を、きつく、しっかり握り締めた。もうずっと離れないかの様に。自分の心配より、相手の心配だなんて、本当に笑えてくる、全くこの少女には。
「こっちの方が冷たいんだけど」
「もうちょっとしたら暖かくなるって!」



自然と口元が緩む。
先程感じていた不安なんて無かったかの様な気分で。

あんな事を思った自身が馬鹿だった。
こんなに良い子のこと、
こんなに暖かい子のこと、

ー忘れる訳が無いのに。








「…あんたのこと、…………よ。」



「え?」
「聞こえなかったんなら良いわ」
「えーーっ!?気になるやん!もう一度言って蛍!!」
「嫌よ。」
「えーーーーっ」




外はこんなに寒いのに。
頬に当たる風もヒリヒリするくらいに冷たいのに。

今握り締めている手と手は、とても熱かった。







「…あんたのこと、忘れないよ。」
絶対に、忘れはしない。


END
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はい過去ネタ!メモに蛍蜜柑で『忘れないよ』ってあったんで内容は別として作りました。
なんか最近聞こえなかった言葉を最後に出すってやりかた多くなってんな…。
蛍蜜柑ばんざい!