(小さな棗くんと蜜柑ちゃん)


「両親」というテーマで作文用紙がクラス全員に配布された。先生が明後日までに書き終えてこいと皆に言う。自分にとっては、それはなんと無責任な言葉だろうと思った。家を出て行った両親のことをなんと書けば良いのだろう、と。しかしそう思うのは、前までの僕だ。
「なっちゃん、なんて書くの?」
何時ものように僕の手を引き、彼女は少し心配そうな声で問う。僕は少し前に出て、軽い笑みを浮かべながらこう言った。
「父さんは昔よく洋画を見せてくれて、母さんはよく公園に連れていってくれたからそのことを書くよ。今は悲しくても、残っているのは暖かな思い出ばかりだから」
「…なっちゃん、強くなったな」
彼女もまた僕に微笑んだ。僕はその言葉に、心の中で”蜜柑のお陰だよ”と何度も呟いた。
最近思う。蜜柑がいなかったら、僕は今頃どうなっていたんだろう、と。きっとこんなに強くはなれなかった。きっと独りぼっちで、こんな風には笑ってはいられなかった。そう思うと、彼女の存在は僕にとってはとても大きなもので、なくてはならないものだ。
ー…でも、どうして今まで気づかなかったんだろう。
「そういう蜜柑はなんて書くの」
「じーちゃんのこと書くよ」
彼女は笑ってそう言った。僕はその言葉に思わず足を止めてしまう。
「え?でも両親って…」
「うち、パパとママのこと知らんもん」
本当に、どうして今まで気づかなかったんだろう。どうして気づいてあげられなかったのだろう。”自分のことばかりだった”と僕は今強く実感させられた。彼女はずっと笑っていて、僕は何も言えずに立ち尽くすことしか出来なかった。
まだ僕が両親と暮らしていた頃、一度だけ蜜柑の両親のことを蜜柑の祖父に聞いたことがある。祖父は優しく微笑んでこう言った。”お星さまのところにいる”と。まだ小さな僕はその言葉の意味をあまりよく理解していなかった。ただ綺麗なところにいるんだ、と思うだけで。”もう死んでいる”なんてこれっぽっちも思わなかった。
僕の両親が出て行った時、蜜柑は僕を必死に守り、一緒に泣いてくれた。僕はそんな彼女の暖かな温もりに導かれるがままに甘えた。甘えすぎていた。彼女の立場など、考えずに。
ー蜜柑は両親のいないその辛さを知っているから、こんなにも僕を守ってくれるのだろうか…?

しんと沈黙の続いた帰り道。蜜柑の家に着こうとした時、僕は俯きながら呟いた。
「…ごめん。一番つらいのは蜜柑なのに」
先頭の蜜柑は暫く黙って、それからゆっくりと顔を向けた。その表情は少し怒っているように見え、眉を吊り上げていた。
「誰がつらいって?」
真っ直ぐに僕を見て、蜜柑は強い口調でそう問うてきた。僕は蜜柑の迫力に圧倒して、何も言うことができなかった。そんな僕に蜜柑は構わず言葉を続ける。
「少しでも覚えてたら、それは悲しいのかもしれへん。でもウチはパパとママって存在がどんなものかわからんから。おるかおらへんかなんて関係ないんよホンマは。人間は誰か側に暖かい人がおるだけでええんよ。みんなにとってはその存在がパパとママだったのかもしれへん。けどウチにとってはそれがじーちゃん、そしてなっちゃんやった。それだけの話やろ?暖かい人が側におったら、それはパパとママがいることと同じくらいに暖かいものなんよ」
やっぱり彼女は強かった。嘆くこともなく、落ちることもなく、しっかりそこに立ち、真っ直ぐな強い瞳を持っていた。彼女は両親のいない辛さを知っているからこんなにも僕を守ってくれるのだろうか?いや、そうではなかった。蜜柑はただ、大切な暖かい人を守りたくて、大好きな人を守りたくて、僕を導いたのだ。
蜜柑が前へ向き直り、僕の手を引く力を強めた。そして振り向かずに言う。
「ウチにはじーちゃんとなっちゃんがおれば幸せやから」
それで十分、そう付け足した彼女の身体は真っ赤な夕日で照らされ、再度振り向いた笑顔は、夕日の所為なのか照れているようだ、と僕は思った。
ただいま!と弾むような声と共に彼女が玄関のドアを開ける。僕の身体がドアをくぐっていく瞬間に、僕は彼女の手を握る力を強め、小さく聞こえないように囁いた。
「…俺、ずっと蜜柑の側にいるから。」
その声は力強く、少し大人びていて。それは多分新たな心の変化。
ー今度は僕が君を守る、と言っているかのように。
それを”恋への自覚”と呼んでも良いだろうか?




なっちゃん

〜小学生・晩夏〜


(君を守れる僕になる)




矛盾!矛盾!ダメだこれ!!意味わかんない。
今回は特別編で棗視点で書いております。
なんかこんな短文なのにすっごい書くのに時間かかりました。
私の小説で時間がかかるものはボツ決定なのです。
ささっと結末が浮かんで書けるものでないとダメなのです。
今回は蜜柑の親の事情を知る棗くん。
やっぱ他人のことを思いやれなきゃ強い子にはなれないと思ったので。
蜜柑の親は柚香でまだ死んでないとか全く関係ありません。
続編ものでもないしただシリーズで気まぐれに書いてるだけなので気にしない!(ぉ)
だから棗の両親の話も多分も書かないと思われ。(棗くんと蜜柑のライフ一直線)
これは今二年生くらいかな?まあ何年生だっていいや。
最後の「恋への自覚と呼んでも良いだろうか?」は次のお話の予告みたいなものです。
次はいよいよ恋のお話を書いていこうと思っているので。んでそろそろ元の棗くんの性格になっていくつもり…?