「家族設定の狂い」

自ら手を伸ばしたのに、また自ら引っ込めてしまう。思えば、最近それの繰り返しだったことに今更気がついた。
『殿って、最近ハルヒに抱きつかなくなったよね?』
双子の言うとおりだ。自身は最近彼女に抱きつくことをしなくなった。思い返し、自分でもそれに吃驚している。前までは、その可憐さに我慢できず強引にでも抱き締めていたのだが、何時の間にか今はそれが無い。
現在でも実際、前のように手を伸ばし、抱き締めようとはするのだ。しかし最近ではその腕が無意識に硬直し、進むことをしない。子を思う父親もそういう時があるのだろうか。
そんなことを考え、ぼんやりと掌を見詰めていたら、双子の片割れが前に言っていた"予防線"という言葉が何故だか頭を過ぎった。
「あれ?先輩もう来てたんですか」
急に聞き慣れた声音が響き、青年の身体は思わず寄り掛かっていたグランドピアノからずり落ちそうになる。それを目の当たりにした噂の彼女は、ぷっと吹き出すと静かに笑い出した。
「そっそんなに可笑しかったか?」
「あはは、すいませんっ。そんなに驚くとは思わなくて」
何考えてたんですか、とそう付け足し、自身の目の前までやって来た彼女は、何か面白そうに笑みを浮かべている。こげ茶の髪は窓からの光に照らされ、茶金へと変化する。細やかな長い睫毛、くるくると動く大きな瞳は、見惚れてしまう程に愛らしい。とおった鼻筋に、ぷくっと丁度良く膨れる珊瑚の唇、見れば見る程その整った顔立ちに身震いしてしまう。
何だか意識がぼうっとして無意識に彼女の細い肩に手を伸ばす。しかし伸ばした手はやはりきっちりと硬直してしまうのであった。さらに大袈裟に引っ込む。
「…たまき、せんぱい?」
「はっっ!!いや何でもないんだ!」
そう慌てて言い、技とらしくも鼻歌を歌いながらソファに深く座り込む。彼女は首を傾げ、未だにそこで棒立ちし、自身を不思議そうに見詰めている。目線を反らすのも忘れ、そんな彼女の姿をぼんやりと眺めながらもう一つ気がついた。
ー手が硬直するだけではない。それと同時に自身の身体は熱くなり、必要以上に心臓の鼓動が増すのだ。前はそんなことなかったのに。
(…何故だ……?)
考えても理由が分からず切りが無い。頭の中の混乱を解き放せぬまま、気分を切り替えようと大きく深呼吸をした。ここまでぼうっとするなんて全く自分らしくない。
「それにしても皆遅いな。そうだハルヒ、その間お父さんと大貧民でもしていようか!」
そう満開な笑顔で言い、カードを棚から取り出す。
「二人じゃつまらないですよ」
彼女はいつもどおりの呆れた表情、いつもどおりの口調でそう返す。しかし次の瞬間、いつものように続けられた彼女の次の言葉に自身は大袈裟に反応してしまうのだ。
「…それに、環先輩は自分の父ではないでしょう」
初めて言われた言葉な訳ではない。彼女が深い意味を込めてそう言ったのではないことくらい分かっている。本当のことを言っただけなのだ。だけどその言葉は、今の自身に"何かを崩されたような感覚"を与えた。"予防線"とやらがまた脳裏に浮んだ。
「…はは。そうだよな俺はハルヒのお父さんじゃないもんな」
正直頭が真っ白になった。今まで自身は彼女の父として彼女と接してきたつもりだったし、それが当たり前だった。彼女を愛しく思うのも、構いたいと思うのも、独り占めしたいと思うのも、全て"父の愛"として片付けてきた。必要以上に彼女を想うてしまう日も、"父だから"と思えば安心できたのだ。きっと、その肩書きがあったからこそ彼女と普通に接することが出来たのかもしれない。
だが、そうだ。自身は現実では彼女の父でもなんでもないのだ。ただの部活の先輩であることでしかない。なら彼女を抱き締めるのを拒んでしまうのは何なのだろう。父親ならそういうこともあるのかもしれないと思っていたが、自身は彼女に言われたとおり父親ではないのだ。
「…じゃあ俺は……なん、なんだ…?」
「……え…?」
彼女に触れるこの手が硬直するのは、
鼓動が早くなるのは、
一体、何故なんだ?
「…どうかしたんですか。今日の環先輩、可笑しいですよ?」
俯く自身の顔を、心配そうに彼女が覗く。無意識にその白い頬に手を滑らせ、力を加える。ぼんやりと彼女の整った顔立ちを眺め、唇を寄せる。どれもほんの一瞬で、そこに触れようとした唇は、やはりきっちりと硬直してしまうのであった。そしてさらに、心臓と熱さは増す。
俺はお父さんなのに、いやでも違う。
答えは見つからず、彼女を引き寄せたまま、今まで感じたことのない混乱が自身を襲い続けるのであった。


END
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私の駄目な小説とマシな小説の分かれ目は書いてる最中に決まる。
ぱぱーっとネタが浮んで完結が決まってて手が進むものはマシ。
だけど途中で手が止まったり一日以上制作をのばしてしまうのはボツ。
ちなみにこの作品はボツ。
とにかく何か書かなきゃと思い書いたのでラストが決まっていなかったし、
内容の背景が全く浮んでいなかったのであまりよく書けませんでした。
一日目、いらついてきて投げ出し、三日目になってやっと完成しました。
完成してもなにがなんだかわからない。
ただ殿が最近ハルヒにあまり抱きつかなくなったなということを主張したかっただけ。
だって初めはあんなに抱きついてたのに。
やっぱりハルヒへの意識が強まってきたからなのかなと。