先程から部員たちは新しい部の企画を考えるのに夢中だ。光も殿の馬鹿げたアイデアにいちゃもんをつけるのが楽しいのか何気に参加している。僕はというと、企画を考えて皆と笑っているより、退屈しているハルヒの方が気になっていた。毎度お馴染みの部の派手な企画なんてものは、ハルヒにとってはどうでも良いのだろう。だから僕は、溜息を吐いている彼女の手を引いて、この図書室に来た。僕は本が好きで、きっとハルヒも同じだろうと思ったから。
「…初めて来たかも、図書室」
「えっ初めて?今まで行こうとか思わなかった訳?」
「行きたかったけど…大きいし…とても入れるような雰囲気じゃなかったから」
そう言いながら、ハルヒはきょろきょろと図書室を見渡し始めた。ハルヒの目が少し輝いているように見え、それと少しだけ子供っぽく見える。嬉しいと感じてくれているんだ、そう思うと、僕まで嬉しくなってきてしまった。
ほんわりとした感情に浸っていると、彼女が何か見つけたのか”あ、これ”と呟き、一冊の本を棚から取り出した。その本は分厚い推理小説で、僕も一度その本を読んだことがあった。
「ああそれ。面白いよね」
「…馨も読んだことあるの?」
「うん。結構前に。その人の小説結構好きなんだ。こいつが犯人か、って思うと絶対違うの。いつも騙されるんだよね。でもそれがまた夢中になって、面白いんだ」
「分かる分かる!絶対犯人当てられないんだよね」
楽しい。ハルヒが本を好きだというのは何となく分かっていたけれど、僕が好きな本を同じように好きで、そして共感してくれるなんて、思ってもいなかった。何だか今までとは違う新しい世界に踏み込んだような感覚だ。ハルヒの心にまた一歩近づけたような、そんな気分。
だけど、ハルヒが様々な本を手に取ることで、僕はあることに気づいた。先程からハルヒが興味津々に手に取った本は、まず推理系、そして評論、専門書、哲学。その他諸々。
「…ハルヒさ、恋愛小説とかファンタジーとかって興味ない訳?」
ホワイトカラーの丸いテーブルを囲み、真剣に推理小説を読んでいる向かいのハルヒに、僕は尋ねた。
「うーん、あんまり興味ないなあ。非現実的すぎるものとか多いし」
その彼女の淡々とした返答に、僕は少し間を空けた後”ああね”と小さく返した。彼女は僕の反応を聞き終えると、また推理小説の世界に入り込んでいった。
そんな彼女の姿を頬杖しながらぼんやりと眺め、僕は思っていた。”彼女が恋愛に疎いのは、こういうのも原因の一つなのではないか?”と。もしハルヒが恋愛に興味があって、少しでも恋愛小説を読んでいれば何か変わっていたかもしれない。もしそうだったら、ちゃんとハルヒは男女の違いを理解できていて、僕の気持ちにも女の勘というやつで気づいているだろう。
そう思ったその時の僕は、何故か”そうであったら”と強く思ってしまったのだ。そんなの”ハルヒ”ではないのに。
「ハルヒ。推理小説はいいからさ、これ読んでみてよ?」
そう言うと僕は彼女が真剣に読んでいた推理小説を奪い取り、代わりにある本を持たせてやった。無論、それは恋愛小説だ。僕は今、ハルヒを恋愛に目覚めさせようとしているのだ。彼女があまりにも疎すぎるから、少しでもそういう知識を与えたくて。それに、僕のことも男として見てほしいし。多分それは、ただの僕の我儘だ。
「…え、いいよ…興味ないし。それよりさっきの本の続き読みたいんだけど」
「ダーメ!偶には恋愛小説も読みなよハルヒ。そんなに非現実的じゃないのを選んだからさ。実話を元にした感動ものだってよ?」
「え〜…でも…」
「いいからいいから!ハイ読んで!」
半ば強引に勧めると、それからハルヒは渋々その恋愛小説を読み始めた。内容は、今まで恋愛に興味がなく、恋も愛も知らなかった主人公が、沢山の出逢いの中でだんだんと恋心気づき始めるという単純なお話。しかしだからこそだ。その主人公はまさにハルヒそのものなのだ。だから何かと共感出来る部分も多いだろうと。しかし。
「……ハルヒって、読書中に寝る奴だったっけ…?」
どれだけ興味がないんだ。まだ十分も経っていないというのに、ハルヒはプロローグの部分からうとうととし始め、ついにテーブルにうつ伏せになって寝てしまった。あまりの早さに、僕はただポカンと寝ている彼女を見詰めていることしか出来なかった。
「はるひぃ…ねえ、起きてよ」
そう小さく言いながら僕は寝てしまったハルヒの白い頬をふにふにと人差し指で突付いた。そうすると、彼女は小さく唸り、鬱陶しそうに僕の手を軽く払い除ける。
その瞬間、もう僕はどうでも良くなってしまった。”起きて”とさらに続けるが、それは本気で起きてもらいたい訳ではない。ただ声を掛けるごとに反応するハルヒが可愛くて、苛めたくなってしまう。細くて白い手に指を絡ませ、ぎゅっと握る。さらに僕はそっと彼女の白い頬にキスを落とした。
「…やっぱ、イヤかも」
白い頬からゆっくりと唇を離し、僕は小さく呟いた。彼女が恋愛に興味を持って、男女の違いを理解して、僕の気持ちに気づいてくれること、それはとても嬉しいことだけど。よくよく考えてみれば、そんなのハルヒではないんだ。それに、こんなハルヒだからこそ、僕や光や殿たちは楽しく笑っていられるんだ。
もしハルヒが恋愛に目覚めたら、きっとハルヒはたった一人の誰かを選ぶだろう。ただ一人の、心に決めた誰かを。その時、きっと部員はバラバラになって、今の関係は崩れてしまう。
それに、ハルヒの決めたたった一人の誰かが、僕と同じように、こんな風にハルヒの頬にキスをするなんて、絶対にいやだ。そいつしか出来ないなんて、絶対にいやだ。
「必要ないね、こんなの」
僕は静かに苦笑すると、そっと気づかれないようにハルヒの抱えている恋愛小説を推理小説に摩り替えた。
あなたはまだ知ら
ないでいて
(何も知らない君のまま)
*
天野ミズトさまに相互記念にお届けしましたv
天野さんと馨はハルヒと好きな本について盛り上がってそうだねーとそんなお話をしていたので本をテーマに作らせて頂きました。…で・す・が、何か天野さんが期待して下さっていた図書室で本について語り合う二人とは…かけ離れてしまったような気がします(滝汗)なんかいつのまにかハルヒが恋愛について鈍いという話になってしまったし;それにハルヒは結構図書室通ってるはず(確か)…まあ、この話では図書室に初めて行ったハルヒにしておいて下さい^^;なんかあんまりよく書けなかったなあ。天野さんスミマセン(涙)改めて相互有難う御座いましたv