全部僕のものにしてしまえたらどんなに幸せだろう。ぼんやりと彼女の横顔を見ながら、僕は絶対に思ってはいけないことを思っていた。その大きな瞳だとか、透き通る雪のように白い肌だとか、”常陸院馨”という一人の人間として見てくれる彼女の全てが魅力的で、全てが僕を魅了する。好い加減恋しくて愛しすぎた。遊び感覚で抱き締めたり、悪戯したり、もうそれだけでは足りなくなってきた。もう彼女を光と半分こするなんて限界。
『偶には放課後の教室で話してるのも良いもんだね』
『デショ?僕等時々こうしてぼーっとしてるんだ』
光は先程から邪心もなくこうやって彼女と会話している。馬鹿みたいに純粋で、鈍感で、見ているだけで”ハルヒが好き”って分かる嬉しそうな表情。僕が今とんでもないことを考えているなんて、きっと分かっていないだろうな。いや、分かる筈もないか。
「僕、ちょっとトイレ」
そう言って座っていた椅子から光が立ち上がった時、僕の胸がドクンと音を立てた。光はあっという間に教室から姿を消した。僕は光が出て行った教室のドアをただ見詰めながら焦っていた。”こんな時に…!”と。よこしまなことを考えている時に去られたら、僕は彼女にどう接して良いか分からなくなる。実行してしまうだろう?今考えていることを。
「…かおる?」
不思議そうに顔を覗いてきた彼女の声で、僕は我に返った。いや多分それは、”スイッチ”だったのかもしれない。彼女の方に振り返った僕の顔は、何時もの僕の表情とは違ったと、きっと彼女も気づいていたと思う。覚醒だ。
がたんっと椅子が倒れたのを合図にして、僕は彼女の手を掴んだ。そして一気にその手を引いて走り出す。教室を出て、適当な通路を駆け抜けて、軽やかに階段を下りていく。光のいない間に、全力で。彼女は訳も分からず僕に手を引かれながら必死に走っている。
「…っ馨!何!?何で走るっ…の!?」
「良いから走って!」
暫く広い校舎の中を走って、僕は彼女が疲れてきたのを感じると、適当な教室に入り、戸を閉めた。相当疲れたのか、彼女は身体を軽く折り曲げて苦しそうに息を切らしていた。僕はそんな彼女をゆっくりと下に座らせてやると、そのまま強く抱き締めた。
「…ハルヒ、ハルヒ」
その時の僕はただ”ハルヒ”と彼女の名前を何度も囁くことしか出来なかった。この二人きりという空間が嬉しくて、僕のものだけになったような気がして、その気持ちが自然と”ハルヒ”という言葉になって声に出た。僕の胸の中の彼女は、今だ荒い呼吸を繰り返しながら、ただ混乱している。
そんな彼女の声が急に聞きたくなって、僕はゆっくりと胸の中の小さな存在と顔を合わせようと首を低くした。そして大きく見開いている瞳を見つめ、そのまま白い頬にキスをする。ちゅっと一度そうしてやると、彼女が思惑通り”ひっ”と小さく悲鳴をあげた。愛しくて堪らない。
「か…っかおる…!なっなに…っ。っていうか光はっ…?」
「光はいいの。今は僕のことだけ考えてて」
「はあっ!?」
光のことは今は考えたくない。
今考えたら罪悪感と自己嫌悪で押し潰されてしまいそうだ。
『ハルヒ』
光は彼女と話すことで、そうすることで満たされているのかもしれない。それが例え僕との半分こであっても嬉しいと感じているのかもしれない。多分それは、今の光が発展途上型だからなのだと僕は思う。
それに対して僕は、もうとっくに僕自身が彼女を好きということに気づいていて、嫌になるくらいに愛しすぎて、彼女を僕だけのものにしてしまいたいと思ってしまっている。欲張りなんだ。欲深すぎたんだ、それがこの行動を呼んだ。光がトイレに行ったことで火がついてしまったのだ。今なら、彼女を攫ってしまえるかもしれない、と。
今は彼女のことだけを考えて、彼女にも僕のことだけを考えてほしい。満たしたいのだ。
「…ハルヒ」
撫でるように彼女の柔らかな頬に触れ、そのまま彼女の半開きの唇に唇を寄せる。濡れた其処がどうしても欲しくて、奪いたくて、僕は徐徐に近づけていった。だが。
人の気配を感じ、僕はぴたりとその手を止めた。足音が聞こえる。こちらに向かってきている。当然それは、光だ。
『馨ー!ハルヒー!どこー!?』
いずれ探しに来るとは思っていたが、僕にとってはそれは早すぎたように思えた。幸せはほんの一瞬で、ほんの小さなものだった。まだ感じたい。まだ彼女を僕だけで感じていたい。本当に僕は欲深くて、本当に意地汚い。
僕は座っている彼女の身体をゆっくりと両手で持ち上げ、立たせてやり、それからまた彼女の手を掴んだ。そして今いる教室を一気に飛び出す。ずっとここにいたらいずれは捕まって、やっと手にしたこの幸せが終わってしまう、そう思って。
「なっ!馨!待ってよ馨…!?」
後ろで光が叫んだのが聞こえた。だけど僕はそれを聞かないふりして、そのまま先程と同じように彼女の手を引いて駆けていく。彼女は当然混乱していて、僕は今までにないスリルを感じて、少し興奮していた。
「意味分かんないよ!何で逃げる訳!?」
叫んでくる声を聞きながら僕は今更思っていた”これって光を裏切ることになるのかな?”と。でもそれは直ぐにある考えに辿り着いた。
(…いや。最初から”半分こ”というのが可笑しかったんだ。)
階段を上がり、曲がり角を行き、ダッシュする。遠くにいた光を撒くことは容易いことで、後ろを振り向いても僕等を追ってきていた光の姿はもう見えなくなっていた。”よし”そう思って一メートル先の教室までダッシュしようとしたその時だった。急に、後ろで掴んでいた手にガクンと下に引っ張られ、その衝動で繋がれていた手が離れた。途端、どさっと何かが落ちたような音が響く。驚いて後ろの人物の方を振り向くと、彼女は力尽きたのか転んでしまっていた。
「…っっ」
「…ご、ごめんハルヒ…!!」
そこで我に返った。無理をさせていたのだ、彼女に。自分のことばかりで、彼女の体力なんてものを考えてはいなかった。まだいける、まだ走れる、そう思って。僕と彼女の身体の作りは、全くと違うというのに。
頭がぼうっとする。彼女が倒れている姿を見ていれば見ているほど、ぐらりと僕の中の何かが崩れていく。手を差し伸べる余裕がないくらいに。虹色に見えてた幻覚の風景が、段々と色褪せて現実に戻っていく。それから、プツリと何かが音を立てて切れた。
「…痛…っっ」
彼女がそう小さく漏らしたとき、僕は思ってしまった。”無理だったのかもしれない”と。ハルヒを僕だけのものにするなんて本当は最初から、できっこなかったのかもしれない。
僕は本当に欲張りで、我儘で、とんでもない馬鹿だ。ただ僕が彼女を自分だけのものにしたいという考えで、欲で、光を置いて逃げ出して。自分のことだけしか考えてなかったんだ。僕や光がどうこうじゃない。一番重要なのは彼女自身が……
「…ハルヒ。光のとこ、戻ろっか」
戻って、光に謝ろう。遊びだった、冗談だった、ふざけてたんだって。そう言おう。
今はとりあえず、二人のハルヒで良いのかもしれない。今はそうするしかないのかもしれない。彼女を困らせたくはない、壊したくはないから。今まで通りこのままで。そしてその先は、考えれば考える程頭が痛くなるから、また後で光と一緒に考えよう。
ねえ、半分なんかに
できないよ
(独り占めしたい、という欲望)
*
「imbalance〜双子ハルヒ祭〜」さまに投稿させて頂いたものです。主催者さまお疲れさまでした、そして有難う御座いました!(涙)
…うーん。なんか微妙な作品になってしまった気がします。出来上がったばっかりのときは「よく書けた!」なんて思ったのですが、よくよく馨の人間性とか考えてみると、光を置いて、それもハルヒを独り占め…なんてしないのかな。うーん、ただ私が”馨がハルヒの手を引いて逃げるシーン”を書きたかっただけなのかも…よくわからない!もう逃げます!