「不器用な指先、解かれた糸」

綺麗に絡み合っていた二本の糸は、時を重ねるごとに解かれていく。ぐるぐると絡まりを解いて、解かれた一本のそれは細い針の穴に入っていこうとする。
"何時かはそうなる時が来る"そうは思っていたが、いざとなると怖かった。
「さっきから何やってんの、光」
ベッドに寝そべった状態で覗く視界に映ったのは、針に糸を通そうとする攻めの姿。足を組むシルクの上には細長のタオルが乗っており、攻めは歯を食い縛りながらぶつぶつお経のようなものを呟いている。
「…ハルヒの雑巾作るんだ」
「ふぅん。でもなんで光が作ってる訳?」
「見返してやるんだよ」
「…?」
それは今から六時間前程の部活時間のことである。馨が環をからかっている最中、ハルヒと光はこんな会話をしていた。全てはハルヒの一言で始まるのである。
『…あ、雑巾作らなきゃ』
閉店アラームを経て、客が帰った休憩時間、彼女はそう呟いて銛先輩から借りた裁縫道具を取り出した。そして、すいっと簡単に糸を針に通すと、どこからか持ってきたタオルにちくちくとそれを縫い始めた。それを偶々見ていた攻めは興味を示し、
『ハルヒ、何やってんの』
声を掛けた。
『使い続けてた雑巾がもう古くなってきたから、新しいの作ろうと思って』
『へえ。庶民はそうやって出費を浮かしてるんだ?』
ねえちょっとやらせてよ、そう言って攻めは彼女から半ば強引にタオルと針等を取り上げた。しかし高い身分で育った攻めが縫い方等知る筈もないのだ。先程見たうっすら残る記憶で真似してみるが上手くいかない。寧ろ持っていた鋭い針がちくりと指を突付いた。
『…っいで!』
『光には無理だよ。ほら、邪魔だからあっち行ってて』
そう悪気もなく淡々と言うと彼女は攻めから雑巾を奪い返した。しかしその言葉が攻めの"負けず嫌い"という言葉に火をつけたのだ。それから攻めはまた彼女から雑巾を奪い戻すと受けを連れて帰っていった。見返してやる、そう大声で言い捨てて。ーそして今に至る。
「へえ。それで、ね」
単純な真相を聞き、受けは大きな欠伸をした。攻めはというと未だに糸を通せずにいる。針を持つ手がぷるぷると震えていて、全く通る気配もない。
これで明日までに完成させて彼女に渡せるのだろうか、そんな事を頭に浮ばせて、受けは思わず笑ってしまった。
すると、攻めが急に糸と針をカーペットの上に乱暴に投げ捨てた。苛々が頂点に達したのであろう。短気な攻めの何時ものことだ。お約束である。
「あ”ーー!もうやめやめ!庶民ってこんな地道な作業やってる訳!?ありえない!」
「見返してやるんじゃなかったの〜?」
そう面白そうに猫撫で声を掛けてやれば、攻めは"そうだった"と言ってさっと作業に戻った。全く彼は単純だ。見ているこっちが楽しくなる。
けど、楽しかったのはそこまでだった。
「…勿論見返してやるってのもあるんだけどさ、他にも理由があるんだよね」
急に違うトーンで呟いた攻めに、思わず緊張が走った。何時もの攻めではない。違う雰囲気を漂わせた彼がそこにいる。何故だか、悪寒が駆けた。
「だって完成した雑巾渡したら、あいつ喜ぶじゃん」
そう言って顔を綻ばせる攻めが、何だかぼやけて見えた。視界が歪んで、頭がくらくらして、胸がずくんと痛んだ。自分でも分からない、何だろうこの気持ちは。
何時から、彼はそうやって心から笑うようになったのだろう。
何時から、僕以外の"人"を想うようになったのだろう。
そんな顔、僕は知らない。そんな優しい温度、僕は知らない。
ー…光は、気づき始めようとしているんだ。
知ろうとしているんだ。
不器用な指先が、絡まってしまった二本の糸を解いていく。それは遅いが、確実にそれらを解き、裂いていく。解かれ、離れた一本は銀の光る穴に入り込もうとする。
不器用な指先は着実に器用へと変わり、糸も穴へ真っ直ぐと進んでいった。
ー…進んでいく糸は、彼の姿を現しているようだ。
「お。入りそう」
そう攻めが言ったのが合図となって、受けは咄嗟に手を伸ばした。ぱしっと手を叩く音が鳴った時にはもう攻めの指先には糸も針の姿もなくて。
そこには必死な表情で息を切らせる受けと、唖然と目を見開く攻めの姿だけがあった。
「……かお、る…?」
「……っっご、ごめん!」
自分でも何が何だか分からない。叩いてしまい赤くなってしまったその手を慌てて持ち上げて強く握る。けど自分の感情はとても正直で、何故だかその手に零れ落ちた涙が次々と落ちた。
ー胸が苦しいよ、光。
今まで光が馬鹿とか鈍感とか好き勝手なこと言ってきたけど、
きっとそれは自分の方だったのかもしれない。
「……やだ……行かな、いで…」
そう掠れ掠れで訴え、思わず彼に抱きついた。
肩、指先は大袈裟に震えていて。行かないで、どこへも。置いて行かないで。
まだ彼女への気持ちに気づかないで。まだ光の一番を僕からとらないでよ。
ー僕は、光が……

…自分は何が言いたい?何を言おうとしている?
ああ、自分も光と同じように知ろうとしているんだ。
今まさに、知ってしまったんだ。
しまった。気づくのが遅すぎた。
「愛してる」
無自覚は自分の方だったみたいだ。
ーこんなにも光が、愛しいだなんて。


END
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双子同士も大好きですv
ハルヒへの思いがだんだんと大きくなっていく光に馨が焦り始めた様子。
光も馨もハルヒのことが好きだけど、ここでは馨は光への思いのが強いっていう設定。
そんでそのことに気づくお話。一応例えで針はハルヒで二本の糸は光と馨です。
時々下ネタ方向に考えてしまったのはきっと私だけだ。