「Hug」
〜クマと温もり、そして少女〜

「ああ藤岡。理事長が後で理事長室に来るようにと言っていたよ」
「理事長が…?はい、わかりました」

現在の状況を簡単に説明しよう。まず部長が何故だかハルヒに背後から抱きついていて、双子はそんな部長の身体を引っ張り、ハルヒから引き離そうとしている。副部長はパソコンの画面を見、不気味な笑みを浮べ、小さい青年と大きい青年は部室の中を走り回って不可解な行動をとっている。そしてハルヒはというと、部長に抱きつかれながらもソファに座り冷静にインスタントコーヒーを口に運んでいた。
一見いつもと変わらないように見えるが、だけど今日はある人物の様子が可笑しいのだ。
「ちょっと殿離れなよ!僕達がハルヒに触ると怒るくせに、人のこと言えないじゃん!」
「おりゃあーー!!…っっ駄目だ!いくら引っ張っても離れない!」
子供のようにぎゅうっとハルヒに抱きつく環の身体は、双子がどんなに引っ張っても離れなかった。環がハルヒに抱きつくことなど珍しいことでもない。だけど何時もは抱きつくといっても一瞬だけのことだし、それは彼にとっての”愛情表現”なのだ。しかし今回はどうだろう。彼はハルヒに抱きついたまま長時間離れようとはしないし、何時ものようなテンションはそこにはない。少し様子が変だ。彼の雰囲気が少し違うし、そこに”父としての愛情表現”が感じられないからこそ、双子も柄にもなく焦ってしまうのだろう。
「殿!!好い加減に離れなよ!」
「いやだ」
「っていうかハルヒもさ、殿なんか引き離しちゃえば良いじゃん!何を遠慮してるのさ」
そう馨がハルヒに言うと、ハルヒはティーカップを持っている手を一旦停止した。そして数秒間を置くと、また何事もないようにコーヒーを口に運ぶ。そしてティーカップをテーブルに置くと、静かに言った。
「別にいいよ。今そんな気分じゃないし。それに……」
下腹に回された色白の手を軽くつねりながら、ハルヒは思った。”それに蛇のように絡みついたこの力強い手は、例え自分が解こうとしたって、きっと離れそうにない”と。
細くて長い指は、彼女のブレザーの第三ボタンを巻き込んで、裾をぎゅっと握り締めている。
「…環先輩は、甘えん坊なんですね」

それから場面は変わり、理事長室前に、ハルヒはいた。つい数分前の映像を思い返し、ハルヒはげんなりしたように深い溜息を吐いた。
「やっぱり鏡夜先輩は最強だ…」
ハルヒの脳裏に蘇るのは、あの後自分が”理事長室に行かなきゃなんだ”と思い出し、呟いた直後の映像だ。双子がどんなに引っ張っても離れなかった部長を、パソコンを閉じた副部長が魔王の微笑みで簡単にひっぺ返してしまったのだ。
『ハルヒは理事長室に用があるんだよ環。好い加減目障りなんでね、そろそろ離れたらどうだ』
『むう』
腕の力もあるだろうが、そこには別【魔王】の力もあるんじゃないか、とハルヒは背中のぞくぞくを感じながら思った。
そのまま続く回想が最後に辿り着いたのは、鏡夜にソファへと強制的に移された環の映像であった。彼は、それから愛用のクマのぬいぐるみを代わりに抱き締めていた。何故そんなにも抱きつきたがるのか。元から変な先輩だとは思っていたが、今日は何だか変すぎる。
だからだ。少し何時もと様子が違うから、だから身体に回された腕を振り解けなかった、というのもある。いや、振り解いてはいけないと、その時の自分はきっと思っていたのだ。
何故だか必要以上に彼のことが気になってしまい、思わずハルヒはここが理事長室の目の前であるということを一瞬忘れかけてしまった。だが、ハルヒは直ぐに慌てて首を振った。
(…っそんなことどうでもいいから、さっさと入らないと)
こんこん、とノックし、”失礼します”の声と同時にゆっくりと理事長室の扉を開いた。当たり前だが、目の前にはにっこりと微笑む理事長の姿があった。その姿に軽くお辞儀し、そのまま理事長の前まで歩いていく。
「あの、自分に何か話でも…」
「ああ、急に呼び出してすまなかったね。環のことを聞きたかったんだよ」
(…たまき、せんぱい?)
予想外に飛び込んできた人物名に思わず気が抜けてしまう。成績のことを言われるのではないかと、実は頭の片隅でちらつかせていたからだ。
そんなハルヒを御構い無しに、理事長は笑顔で話を続けていく。
「環の様子はどうかな」
「いえ…いたって何時もと…」
悪気はないが、少し嘘を吐いた。今日の部長が何時もと違うだなんて、特に言う必要もないと思ったからだ。すると理事長が少し間を置き、黙り込んだ。表情は先程と同じように笑っているが、眼だけは真剣に見えた。不思議と緊張感が一気に漂うのが分かる。そして再び理事長は口を開いた。
「…何かに抱きついたりしていないかね?」
的中。思っていたことを口にされ、思わず一瞬声が出なくなる。
「……何故、それを…?」
途切れ途切れそう問い返すと、理事長はまた優しく微笑んだ。それはそれは何とも意味深そうに。

「「殿ってばハルヒが帰ってきたらまたすぐ抱きついてさ〜もうやんなっちゃうよ」」
「ずる〜いったまちゃん。僕もハルちゃんにぎゅーってしたい〜。ねえ〜たかし?」
「…ああ。」
「懲りない奴だな、全く」

グランドピアノの近くの、一番日当たりの良いソファの上。正面からハルヒに抱きつく環の腕は、やはり力強くて、離れる気配が全くない。母親に泣きつく子供のように、しっかりとしがみ付いている。
「…たまき、先輩」
「………………」
返事はない。そこで今更気がついた。”そういえば、今日は先輩と一言も言葉を交わしていない”と。部室の扉を開けた途端、直ぐに抱きつかれてしまった為か、そんなことを考える余地もなかった。そう、彼は先程からずっと”無言”だった。他の部員とも会話らしい会話をしていない。
ふと環のポケットに眼をやる。窓からの光で反射するそれの存在は、今日一番最初に抱きつかれたときから気づいていた。だけどその時はそれが何なのか全く分からなかったし、考えようともしなかった。
ちらりと見え隠れするそれを静かに抜き取り、ハルヒはぼんやりとそれを眺めた。そこに映っている女性はとても優しそうに微笑んでいて、それは自分がよく知っている笑顔だった。
『……何故、それを…?』
蘇るのは先程の理事長との会話。理事長は”父親の顔”でこう続けていた。
『五月十二日…どうにも今日は、母親が環を抱き締める”Hugの日”らしくてね。泣き虫で、寂しがることの多かった環のために母親が考えた毎年の行事みたいなものらしいんだ』
『…毎年、の……?』
『そう。去年も一昨年も、母親と別れた年から…環はこの日、母親の代わりにクマのぬいぐるみをずっと抱き締めていたよ』
『………』
『環は君のことをとても好いているみたいだから、もしかして巻き込まれているんじゃないかと思っていたんだよ。だから君には伝えておこうと思って。急に悪かったね』

写真をポケットに戻し、ふと、言われた言葉を照らし合わせてみる。自分の身体を囲む長い腕には、そういえば先程から一緒にクマのぬいぐるみも抱かれていた。本当にクマのぬいぐるみを抱き締めているんだ、と思うと、何だか面白かった。
ーああ、そうか。彼は甘えん坊なのではなくて、母親のことがとても大好きで、そして何より…
「…環先輩は、寂しがりやなんですね。」
声音に反応し、ゆっくりと顔を上げた環の瞳は微かに濡れていて、それは精一杯に今日の温もりを求めていた。不意に彼の手からクマのぬいぐるみが落ちる。彼はそれを咄嗟にそれを掴もうとするが、それに辿り着こう前に、彼の身体は硬直した。ハルヒの両腕が背中に回され身体を包み、そこに昔からよく知る温もりを感じたからだ。
導かれた暖かい胸に顔を埋め、環はハルヒと暖かな人の姿を重ね合わせた。環の中で、穏やかで懐かしい日々がゆっくりと蘇っていく。金の髪を優しく撫で、確か昔母もそう言った。
『…環は、寂しがりやなんだね。』、と。


END
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今日は娘ではなくママ代わり!(謎)
ネタは自分的に好きだったのだけど書いてみるとどうも文才がないためか最悪に…。
全然表現できてない!何が言いたいのかさっぱり分からない!
環って言おうか部長って言おうか彼って言おうかごっちゃになった;
「寂しがりやなんですね」のほかにもっとふさわしい言葉があったような気がする…!
あああよくわかんない涙
ってか「Hugの日」ってなんだよ。本当はフランス語で「抱き締める日」みたいな感じに
しようと思ったけどまっったくフランス語わからないのでもう単純にHugで!!ぉ

母がいない今、母からもらったクマのぬいぐるみを抱き締める…。
だけど、これからは……。
まあ母性本能ぐんぐんハルヒちゃんですよ、もうそれで完結。おわり。