(棗くんと蜜柑ちゃん)


調子が狂う。あんなことを聞いてしまったら、何て言ったら良いのか。どうに接したら良いのか。全て真っ白になって、この胸の高鳴りは必要以上に大きくなるのだ。
『棗君って佐倉のことが好きらしいよ』
それは五限目の理科が終わってから、心を読む少年と狐目の少年に言われた言葉。最初はふざけているのかと思い全く相手にしていなかった。しかし、二人は"本当だ"と何回も訴え、それもその言葉をあの少年が自ら口にしたのだという。
自身は、その二人の言葉を最後まで"嘘だ"と言い通したが、気にならない訳ではなかった。寧ろ必要以上に意識してしまう。犬猿の関係であるあの少年がそんなこと思っている筈がない、と当然分かっているのだが。
一昨日の数学の時間に居眠りをしていた為、罰として放課後の音楽室掃除を命じられてしまった。それもパートナーも同行だというのだ。全く運が悪い。どうせなら違う日にしてくれ、と心の中で神野に嘆くが、それももう遅い。
親友に先に帰っているようにと伝え、落ち着かない気持ちで音楽室に入った。
ー願わくば、さぼりマンの彼が来ませんように。
しかし深紅の瞳の少年は、少女の期待を裏切るように音楽室にやって来た。態々来てくれた彼に対して本当は喜びを浮かべるところなのだが、今日は生憎そう思える立場ではない。彼が優しくなったのは良い事なのだが、どうか今日だけはやめて欲しかった。
「何だよ。嫌そうな顔だな。お前の問題に態々付き合ってやってんのに」
「…そ!そんなことありませんよ!」
そう明らかに不自然な返事をすると、少女は掃除道具の入っているロッカーに逃げるように向かっていった。そんな硬直した可笑しい少女の様子に少年は直ぐ気づき、何とも言えない表情で暫くその背を見詰めていた。
しんとした空気の中には、少女の床を掃く音だけが響いていた。少年は壁に寄り掛かって雑誌を読んでいる。彼との間に無言があるのは今日が初めてではないが、何だか今日の無言は緊張感が漂う。それを"気まずい"と表現した方がきっと合っているのかもしれない。
まあ気まずかったのは少女の方だけだったが。
(…気にしてるつもりはなかったけど、やっぱ気になってまう……)
やはり考えてしまうのは、心を読む少年と狐目の少年に言われたあの言葉。嘘だとは思っているが、その言葉が頭から離れられなくなっているというのも事実だ。
どうやってこの落ち着かない気持ちを消そう?そう考えるとやはり少年の口から"違う"と言ってもらった方が楽だろう。
(聞いてみよう…)
そう心の中で決定し、小さく拳を握った。
「…なあ、棗」
小さく名前を呼び、少しぎこちない動きで少年の隣にちょこんと座った。少年は何時もの無愛想な目つきで此方に目線を移した。その鋭い瞳を見ていると、やはり自分は彼にとってそういう存在ではない事が改めて確信出来る。自分なりに。
それが嬉しい事なのか悲しい事なのかよく理解できないまま、少女は言葉を進めた。
「ええと…心読み君とかに言われたねんけどな……」
「何だよ」
「…そ、その……棗って、その……ウチの…」
聞くと決めたものの、思うように言葉を進めることが出来ない。当たり前だ"私のこと好きなの?"という発言は、相当な天然、或いは相当な自信を持っている人物でなければ問うことなど出来ないのだから。
言葉が詰まり、頬は熱を帯びて煮詰まっていく。
「…っウチのこ、と……す……!」
「…言うことねえなら俺はもう帰る。掃除終わったんだろ」
途中まで言おうとした言葉は、短気な少年の言葉によって停止されてしまう。少年は横に置いてあった鞄を取ると、そのまま起き上がろうとした。
しかしそれを防ぐように一つの手がすっと伸びる。その手は、ぎゅっと少年の服の裾を掴み、今度は逆に少年の行動を停止させた。そして、それを勢いに言葉は漏れた。
「…っウチのこと好きって、ホンマ!?」
つきりと冷たい沈黙が響く。その時の少女といったら"言ってしまった"と言わんばかりの表情をしていた。その時の少年も、軽く目を見開いて、流石に驚いているようで。
だが直ぐにそれは真剣な表情へと変わり、少年は起き上がろうとしていた身体を屈めてしっかりと座り直した。そして凛とした整った顔を少女に向けて口を開いた。
「…本当だけど?」
確かに耳に聞こえたのは否定ではなく、肯定だった。予想外だ。こんな筈で自身は彼に問うたのではない。彼は真っ先に否定すると思っていたのだ。それで自身の心も楽になると。
気が狂う。彼を見詰める瞳は瞬きすることが出来なくて、ただ見開いたままだった。頭の中で白のクレヨンが絵を描いている。頭がぼうっとした。
しかしそれは彼が"おい"と声を漏らしたことにより覚醒する。
一気に頬が熱くなる。
ー彼は何を言っているのだろう?
「…う、ううウチをからかわんといてよ!ウチをからかったって何の得もあらへんよ!?」
「からかってなんかねえよ」
「嘘や!ウチは信じへんよ!!棗がそんなこと心読み君達に自ら言う筈ないもん!」
「…自らっていうか、好きなのかって言われたからそうだって言っただけの話だ」
「…っ!?そそそんなん…っ信じへん!!」
ーありえへん。
こいつがウチのこと好きやなんて。
絶対からかっとるに決まってる。
ウチとこいつは天敵なんやもん!
「…ぜったい……信じへんもん……」
そうは呟くが、感情というのは正直なものだった。頬はさらに熱を増し、心臓の音は速さを増した。顔が燃えるように熱くてもう此処には居たくないと思った。
しかし、逃げようと起き上がった身体は、少年が腕を掴んできたことにより停止してしまった。そのまま腕を下に引き、すとんと少女を座らせると少年は小さく笑みを浮かべる。さらにゆっくりと少女の唇にそれを寄せると、こう囁いた。
「真実ってこと、証明してやろうか?」
触れかけた唇は思っていた以上に甘ったるいもので、少女は慌てて少年を突き放した。そのままそこから逃れ、椅子に置いてあった鞄を持つと何も言わずに走って音楽室を出た。
心臓の音は先程より遥かに勢いを増し、今の少女は心境は正直"やばい"という表現に近い状態だった。
「…お前が信じねえからだ」
そう文句の込められた言葉を呟くと、少年も後から音楽室を出ていった。

「…はあっはあ…!」
どれだけ走ってきたのだろう。ただ只管何も考えることが出来なくて、無我夢中で生徒玄関まで走ってきてしまったのだ。顔が熱い。心臓が今まで感じたことのない位に煩い。これってもしかして発作っていうんだろうか、と考えてしまう程だ。
ーそれも全て、あの少年の所為だ。
『真実ってこと、証明してやろうか?』
あの場にもう少しいたらどうなっていたのか。
そんなことを浮ばせながら、少女は直ぐに慌てて首を振った。




君に恋してる。

(彼の姿が焼きついて離れない)




とくにこの話は何となく浮んだネタで何が言いたいとかそういうこともなにもないので
コメントはここまでで失礼致します。。