「16:好きって言ったら?」

学園の裏庭で影使いの青年と日向ぼっこ。二人で仰向けにダイノジで寝転び目蓋を閉じる。心地良い暖かさが睡魔を呼び、チュンチュンと鳴く小鳥の鳴き声が丁度良い子守唄となる。寝てしまおうか、そう思った時、影使いの青年が言葉を漏らした。
「棗ってさ」
その声でぱっちりと目蓋が開き、心地良い眠気から遠ざけられてしまう。そういう時って結構イライラするものだ。それもよりによって出てきた言葉が天敵である彼の名前であったから蜜柑は思わず眉を捻った。
「…アイツが何?」
「いやあ。棗って蜜柑のことどう思ってんのかな〜って」
蜜柑は気づいていなかった。青年がアイツと呼ばれる彼の気持ちを知っていながらも技と蜜柑に問うているのだと。少し二人の発展が気になったというのもあるし、暇つぶしのからかいでもある。青年は蜜柑が赤面して焦る姿を想像していたのだ。しかし蜜柑はそんな青年にこう即答した。
「アイツはウチのこと嫌うてるよ。それだけ」
冷めたような口調で言うそれに、青年は呆然とした。当然だとは思ったがやはり蜜柑は彼の気持ちに気づいていなかったのだ。だがそれにしてもその反応はなんだ、その淡白すぎる反応は。とりあえず、まあ気にするな。気にするところはそんなところではない。青年は気を取り直すと蜜柑に問うた。
「嫌いって言われたのか?」
「………」
「…言われたんか。」
否定も肯定もしないってことは、蜜柑の場合そうなのだろう。青年は大袈裟に息を吐くと、低くなっていく蜜柑の頭を優しく撫でてやった。
蜜柑は思い返していたのだ。ついこの前彼に行き成り『全部キライ』と言われたことを。それは蜜柑に今までに感じたことのない程の痛みを与えた。それから彼が優しくしてくれることがあっても、やはり彼の”キライ”という声が心の中で引っ掛かり、どうしても素直に彼の優しさを受け入れることができないのだ。どんなに優しくされても、どんなに言葉を交わしても、それは”本当はキライなんだろう”という答えに辿り着いてしまう。
途端、がばっと青年が思い切り上半身だけ起き上がる。そしてまだダイノジで寝ている蜜柑を上から見下げ、言う。
「もしさ。その”キライ”っていうんが、嘘だったらどーすんだよ?」
その言葉に、蜜柑は思わず目を見開かせた。そして自分も身体を上半身だけ起き上がらせると、大きく首を振る。
「…っ嘘な訳あらへん!せやってアイツ本気の目してた!ごっつ恐い顔して…っっ」
「違ったんじゃねえの?」
「……へ…?」
青すぎる空を仰ぎ、青年は眩しそうに手で影を作った。そしてまた蜜柑の方に顔を向けると、優しそうにふんわりと口元を緩めた。
「俺から見れば、アイツはお前のこと大切にしてるように見えるぞ?…まあ本っ当に嫌いな奴には容赦ねえけど。だから俺には、アイツが本気でお前に嫌いって言ったようには思えない」
心の中のもわもわと、ちくりとと刺さっている長い針が抜けていくような感覚を蜜柑は覚えた。実際そうなのかも分からないのに、何故か青年の言葉で安心していっている。蟠りが、溶けていく。
すると『あっ』と思い出したような表情を青年はした。そして付け足すようにこう言う。
「さっき、アイツが本気の目してた…って言ったよな?恐い顔してたとか…。多分それな、とらえ方が違んだよ。」
多分それはーと、続けると、青年は蜜柑の両頬を勢い良く囲み、ぐいっと引っ張った。行き成りのことに、蜜柑は愕き、思わず目を瞑った。ゆっくりと目蓋を開けると、そこにはにんまりと何か幼げな笑みを浮かべた青年がいた。そしてまた『多分それはー』と楽しそうに繰り返し、青年はこう言った。
「…何かを守ろうとしている目だ。」
青年は頭の片隅で、彼が寿命を減らすアリスだと知った時のことを思い返していた。『あいつらには言うな』と必死に叫んだ少年は、あの時の彼は、確かに本気の目をしていた。そしてあの目は”自分以外の人に心配をかけたくない”という気持ちの表れでもあり、それは”何かを守ろうとしている強い目”だった。
途端、蜜柑の瞳が大きく見開く。同時に眩しい光と強い風が吹き、蜜柑の茶金の髪がゆらりと青空の中で流れた。
「だからな蜜柑。棗のその気持ちを無下にはするな。でもちゃんと言ってやれ。守られるだけの女じゃないのよーって。アイツはカッコつけ過ぎのバカだからな」
胸に熱いものが込み上げてくる。青年の一言一言が胸の中で絡まっていた不安を消していく。青年に対して、今までにない程の尊敬さえ生まれた。感謝の気持ちは勿論、それと、無性に彼に会いたくなった。
「…っ翼先輩、有難う!ウチ少し安心したみたい…」
「そーか。そりゃ良かった」
それじゃ。そう言って蜜柑は元気よく起き上がると初等部校舎へ走っていった。きっと彼に会いにいくのだろう。そんな後姿を優しげな瞳で見送りながら、青年は”やれやれ”と大袈裟に息を吐いた。さらに後ろの大きな木を横目で見、にやりと笑った。
「こんなもんでいいかな?女泣かせの棗くん?」
そう高いトーンで言った後に、青年はぐるんと木の方に身体を向けた。すると、その木の後ろからゆっくりと噂の少年が出てきた。蜜柑が青年と一緒に裏庭で寝ているのを見かけ、気になって来てしまったのだろう。そして自分のことを話していると分かり、出るに出られず、木の後ろで立ち聞きしていたという訳で。
少年は酷く恐ろしい表情で青年の姿を睨んでいる。実際アリスを使っている訳ではないのに、何故か少年のバックで赤い火が燃えているようだ、と青年は思った。
「…頼んでもねえのに勝手なことしてんじゃねえよ」
「そっちこそ立ち聞きなんて趣味わりぃぞ。いつから聞いてた?」
「んなんどうでも良いだろ」
全く可愛くねえな、そう思いつつも、青年は気になっていたことを少年に問うた。まあ答えは分かっているのだけど。念のため、そして少年の口から答えを聞いてみようってことで。
「…で、どうなの?蜜柑のこと嫌いじゃないんだろ?寧ろ好きだったり?」
その問いに、少年は一瞬目を見開くと、ふっと不気味に笑った。そして小悪魔のような表情のまま、青年にこう返した。いや、問い返したのだ。
「…好きって言ったら?」
思わずその問いに笑みが浮かぶ。最初から最後まで全く態度が悪く、いけ好かないガキだとは思っていたが。こんなにも余裕で、こんなにもムカツク攻撃…ハッ、笑っちまうな。何か気に喰わないから、思っていたお前への不満を全部言ってやろうか?でも今回は、あえてこの一言で済ましてしまおうか。当然それは…
「許しません。」
蜜柑は彼に会いに行った。彼もこれから蜜柑に会いに行き、そしていずれは落合うだろう。それにしても、やっぱり気に喰わないな、青年は苦笑する。さらに”蜜柑に会わせないようにコイツを監禁しちまうか”青年はそう考えて悪戯っぽく舌を出した。


END
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私の書く翼先輩っていつもキューピット役なんだよね。でもやっぱり蜜柑を失うのに寂しさを感じていて、いつもラストは棗に意地悪をする。そんな翼先輩が好きなんだ私は。
っていうかこれ何の話?(ぇ