「13:髪型を変えてみる」 |
大音量の目覚ましが鳴り、少女は目を覚ました。のったりとベッドから身体を起こし、少女は眠い目を擦りながら何時もと同じように化粧台の前に立つ。すっきりとしない寝起き顔をぼんやりと見つめながら少女は考えていた。何だか今日は懐かしい夢を見た気がする、と。
時計を見、まだ時間に余裕があることを確かめ、少女は”何だったっけ”と何となく今日見た夢の映像を思い出そうとした。しながら髪のセットをしようとクシを取り出し、二本のゴムを手首にくぐらせると少女は髪を梳かしだした。梳かされた髪がクシの動きに合わせするりと滑っていく。その動作が三回目に及んだとき、少女ははっと思い出した。
「そうや。あの時の…!」
少女が今日見た夢とは、黒髪の少年が湖で言ったあの言葉と、映像だった。きらりと月に照らされ光る湖の前で、水に濡れた少年は少女にこう言った。”五年後のお前にはその髪型は似合わない”と。さらに少年は言っていた、”五年後は髪を下ろせ”と。
何故行き成りそんな夢を見たのだろう?しかしその疑問は直ぐに解決した。少女はそれに気づいたとき、”なるほど”と少し笑って呟いた。そう、その五年後が現在だからだ。
朝のチャイムが鳴り始めた。このままでは遅刻してしまう。少女は必死になって廊下を走った。本当は何時もと同じように親友と一緒に学校へ向かう筈だった。しかし短気な親友に”遅い”と怒られ、少女はおいていかれてしまったのだ。
チャイムが鳴り終わる寸前で、少女は勢い良く教室のドアを開けた。既に生徒達は席についていて、今日の朝は副担任ではなく、しっかりとそこに鳴海が立っていた。
「おはよう蜜柑ちゃん。ギリギリセーフってとこかな?…って、あれ?」
と、少女の異変に一番最初に気づいたのは鳴海であった。さらに、少女が席に向かっていくことで、生徒達も段々と少女の異変に気づき始める。小声で”可愛い”と呟いた男子生徒もいた。ぎこちない動きで歩いていく少女に、アンナちゃんと野之子ちゃんが声を掛けた。
「蜜柑ちゃん髪下ろしてるうっ。可愛い〜!」
異変とはこれだ。今までツインテールをかかしたことのなかった少女が、今日はその長い髪を下ろしているのだ。茶金の細い髪が歩くごとにふわり跳ね上がり、そしてするりと落ちていく。今まで気づかなかった少女の綺麗過ぎる髪質に、生徒達は皆呆然とした。それに髪を下ろすことで少女の幼い顔立ちが少しばかり大人びて見え、同時にそれが色っぽさと可愛らしさの両方を引き立ててくれるのだ。
少女は緊張していた。勿論慣れないこの髪形を生徒達に見せるという緊張もある。だが最も緊張しているのは、少年の反応である。今日この髪型で学校に来たのは生徒達の為でも自分の為でもない。彼の為なのだ。全ては”彼に見てほしい”という気持ちのみ。だがそれが”恋心”ということに少女が気づいているのかはまた別だが。
心臓が煩くなってきているのが分かる。少女はぎゅっと目を瞑ると、すとんと少年の隣である席に座った。暫くそのまま深呼吸をし、気を落ち着かせる。それから”大丈夫だ”と自分に言い聞かせると、少女はぱちっと目を開き、恐る恐る隣の少年の方に顔を向けた。
(…ちょ、直視…!!?)
あまりの迫力に思わずぐるんと顔を戻してしまう。顔を向けたとき、ばっちりと目が合ってしまったのだ。しかも少年の方はじいっと直視している状態であった。今だに右頬に視線がぶつかってくるのが分かる。他にも前の席の男子やらが後ろを振り返ってくるがそれはどうでも良い。少女は完全に少年の放つ何ともいえないパワーに飲まれてしまっていた。そんな時、救いの手が。少年の右隣の金髪の少年が声を掛けてきたのだ。
「さ、佐倉が髪下ろしてるなんて…珍しいな」
「あっうん。たまには下ろしてみるのもええかな思うて」
「そうなんだ…えっと、髪下ろしてるのも…その…かわ…っかわい……」
”しまった!棗が視界に入る!”金髪の少年が一生懸命言おうとしている中、少女は心の中でそう叫んでいた。金髪の少年の席は少年の右隣。ということは、少年を真ん中に挟んで金髪の少年と話しているという図になる。今だ濃い視線をぶつけてくる少年が嫌でも視界に入ってしまう。少女は今にも逃げ出したい気分であった。
「だから…っその…!今日の髪型かわい…っっ」
「ああっ!!もう授業始まるで!!!」
少女は逃げた。少年の目線に居た堪れなくなってしまったのだ。行き成り会話を遮り、ぐるんと勢い良く顔を背けてしまった少女を見て金髪の少年が落ち込んでしまったことなど当然少女は知らなかった。
(これじゃ埒があかん。何か話さへんとウチがこの髪してきた意味がなくなってまう!)
一限目の国語の授業が始まり、少女はプリントの空白に渦巻きをぐりぐりと落書きしながらそう悩んでいた。何か一言でも良い。”あんたの為に髪下ろしてきたんや”と言ったら『そうか』でも『そりゃどうも』でも何か一言貰えたら、どんなに嬉しいことか。誉め言葉なんてものは当然期待してはいない。少年の口からそんな言葉が出た日には、多分自分は驚きすぎて”失神してしまうだろう”。だから何か些細な一言だけでも。”分かってくれた”という事実だけは。
少女はもう一度大きく深呼吸をした。そして気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと少年の方を再度振り向いた。頬杖をする少年は、やはり少女のことをじいっと見詰めていて、だけど何か言葉を口にするという気配もない。少女は少年の目力に押し返されそうになりながらも、勇気を振り絞って口を開いた。
「…かっ髪。あんた前に言うてたやろ?髪下ろした方がええって。せやから今日下ろしてきたんやからなっ!全部あんたの為や!感謝しいっ!」
ここまで言えただけ凄いと思う。少女の心の中は自分を誉めてあげたい達成感で一杯になった。しかし少年から返ってきた言葉は『そうか』でも『そりゃどうも』でもどれでもなかった。少女はその言葉を聞いた途端、身体の力ががっくりと抜けていくのを感じた。
「あんなの本気にしたのか?嘘に決まってんだろ」
自分は何を期待していたのだろう?少女はその時思った。自分はショックを受けている、というのがよく分かる。”声が出なくなる”という症状とは、こういうことをも言うんだろうか?そんな少女に少年は追い討ちのように言葉を付け足す。
「全く似合ってねえし、それに長くて鬱陶しい」
少女の場合、ショックという感情は、積もりに積もると”怒り”へと変わるものであった。一気に今までにない怒りが湧き上がり、少女は勢い良く立ち上がると、少年に向かって怒鳴った。
「…っなんやそれ!?それやウチが馬鹿みたいやん!あんたの言葉っほんまに嬉しいって思ってたウチが阿呆みたいやんか!!所詮あんたにとってはそれっぽっちの言葉やったんやな!よーわかったわ!もうウチはあんたのこと信じへん!棗なんて大嫌いや!!!」
泣きながらそう嘆くと、少女はバタバタと教室を出て行った。そして暫くすると、さらにそれを追うように少年も立ち上がり、少女を追いかけていく。”蜜柑ちゃん棗君!”と叫ぶ鳴海の声が少女達には聞こえていなかった。
(あいつ足はえーよ…)
そう思いながら、少年は少女の後姿を追い、長い廊下を駆けていく。何故少女に向かってあんなにもきつい言葉を吐いた少年が、少女を必死に追いかけているのだろうか。当然それは、あの言葉が本気ではないからである。
長い廊下が曲がり角に入ったとき、少年は何を思うのかぴたりと足を止めた。後ろから自分の後をつけてくる機械の音のようなものに気づいたからだ。ゆっくりと振り向くと、そこにはやはり高速スワンに乗った少女の親友がいた。少女の親友は面白そうに薄い笑みを見せながらこう尋ねる。
「嘘なんて一つも吐いてないくせに。どうして蜜柑にあんなこと言ったの?」
「聞いてたのかよ。悪趣味だな」
「失礼ね。”聞いてた”のではなく”聞こえた”のよ」
それからまた親友が”何故?”と再度問い返すと、少年はうんざりしたように息を吐き捨てた。そして眉を吊り上げ、不機嫌そうな表情を見せると、少年はぼそりと言った。
「…あいつは勘違いしてる。俺は”野郎達の前”で髪を下ろせとは言ってねえ。」
その言葉を聞き、親友はフッと笑うと、”同感”と呟いた。さらに”蜜柑にこれ以上変な男がついたら嫌だしね”と嘲笑うように付け足す。少年もその言葉に鼻で笑うと、何を思うのか親友の乗っているスワンを片手で軽くトンッと押し出した。
「ここからは着いてくるんじゃねえぞ。二人で追いかけたんじゃカッコつかねえだろ」
「言われなくてもそんなこと分かってるわよ。そこまで気の利かない女じゃないもの。
…ただし、あの子に手出したらただじゃおかないからね」
「そんなの俺の勝手だろ」
そう言い捨てると、少年は少女を追いかけて廊下の奥の奥へと消えていった。その後は当然少年は少女を捕獲。そして想像もしていなかった、髪型についての少年の誉め言葉に少女が”失神してしまった”など、言うまでもない。
END
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
前の方で”失神”という言葉に「””」をつけていたのは最後にまた”失神”を持ってくためです(実は無理矢理)誉め言葉ってのは「そうか」「そりゃどうも」でもなく「似合うよ」「可愛いよ」系の言葉…をきっと棗さんが蜜柑に言ってあげたんでしょう。その後の二人がどうなったかはまあご想像で。危なくなったら蛍嬢が潜入しますが。
ってか最後に蛍さんを持ってきた意味がわからない…ごめん蛍さん無理矢理使わせて頂きました(汗)つまり棗さんは「髪下ろせ」と言ったことは本当だが、「クラスの男子達の前で髪を下ろしてこいとは言ってねえ」と。そういうことです(ぇ)別に良いんだけど一番最初は自分だけに見せてほしいし、皆と一緒のタイミングなんて嫌だ〜という棗さんのワガママ…って本当の棗さんはもしかして気にしないのかもしれない!俺だけにとかそこまでは細かく思わないかもしれない!ってか軽くルカらへんギャグっぽかったよ!ルカごめん!なんかごめん!(ぇ)なんか意味わかんねー!無駄に長かったのがいけなかった!意味不明で終わった!ごめんなさい!(落ち着け)