「11:セクハラ」

最近よく蜜柑と棗が一緒にいるのを見かける。一緒にいるだけなら良い。けどそれだけではないのだ。棗は蜜柑の肩に手をかけ、必要以上に顔を近づけたりしている。これはどういうことだろうか?
「殿やん。お前最近よう学校来とるな」
「チビちゃんが心配で仕方ねえんだよ」
「チビちゃん?ああ、あの初等部の子か」
黒いオーラを漂わせる殿に、速水はそう言って眼鏡を掛け直した。
殿は蜜柑が棗に無理矢理付き纏われているのかと心配であった。殿にとって蜜柑は、可愛くて優しくて天然で鈍感でまだあどけない子供というイメージ。だから殿から言わせてみると彼女はまだ色恋に目覚めるような性ではないのだ。であるから、彼女が望んであのようなことをしているようには当然思えなかった。蜜柑の表情を見れば、嫌がっているかいないかが見分けられるのだが、何時も蜜柑の顔は棗の肩で隠れてしまい、確かめることが出来ないのだ。幾ら考えても分からない。むしゃくしゃしてきた殿は、速水に問うた。
「あいつらは付き合ってるのか?」
「いんや?今んとこ付き合ってるゆう情報はないけど」
地獄耳の速水の言葉を聞き、殿は改めて確信した。あれは”セクハラ”だと。

「うおいクソガキ!」
蜜柑の肩を組み、廊下を歩いていた棗に向かって、殿は叫んだ。その声に、蜜柑はびくりと肩を揺らし、棗はくるりと振り向いて”なんだよ”というように睨みをきかせてきた。その棗の態度に一層怒りを膨らませた殿だが、ここは大人になろうと思い、にっこりとした作り笑いをしてゆっくりと二人に近付いた。
「お前ら何してるんだ?」
「テメェに関係ねえだろ」
即答。それだけでも憎たらしくて仕方がないというのに、少年は殿を挑発するかのように蜜柑の頬に手を当て、キスをするような仕草をしだした。ふつふつと怒りが生まれ、殿の中でそれが限界に向かっていくのが分かる。殿は笑顔の奥で思っていた、”こいつ、殺したろか?”。
「…ちょお、棗やめてや。殿先輩ごめんな」
頬に触れていた棗の手を押し退けて、蜜柑がひょっこり顔を出した。頬は赤く染まっており、棗に”やめて”と言った声はどことなく弱々しく、遠慮が感じられる。そして、これは殿の幻覚なのかは分からないが、蜜柑の瞳は少し潤んでいた。その表情を見た途端、殿は二度目の確信をした。やはり、これは完璧に”棗に付き纏われている”のだと。弱々しい言葉と、涙ぐんだあの表情が何よりもの証拠だ。しかし、蜜柑の顔が真っ赤だったことを除いては。
「…なあ、それはセクハラじゃねえのか?」
肩に回された手を指差し、極悪面の殿は問うた。しかし、問われた少年はというと、馬鹿にしたような目をしながらフッと笑い、こう返した。
「テメェの場合、何もしなくても存在自体がセクハラだけどな」
プツリ、とまた新たな怒りが額に埋め込まれていくのが分かる。どこまでも憎たらしいガキだ、と。しかしこうして言葉で負けたからといって大事な少女を置いて帰る訳にはいかない。蜜柑を棗から救わねばならないのだ。
殿は、少年の肩の力が微かに緩んだのを感じると、そのタイミングを見計らって蜜柑の腕を引っ張ろうとした。しかし棗はそこでまんまと蜜柑を連れて行かれてしまうような男ではない。余裕の笑みを見せながら、棗は蜜柑の肩に手を添えながらくるりと背中を向け、簡単に殿の手から逃れた。
「…あ”!!!」
「フン」
戸惑う蜜柑を連れ、棗は軽やかな足取りで殿から去っていく。殿はというと力一杯手を伸ばした勢いで、廊下に正面から転倒していた。低い視野から、去っていく二人の後姿を懸命に目で追いかけ、殿は”待ちやがれ”と何回も叫んだ。それは何とも情けない光景であった。
すると何を思うのか、棗がぴたりと足を止め、振り向いた。そして思い出したように”そういえば”と口を動かすと、こう付け足す。
「セクハラとか言ったな。でも残念、これは同意の上なんだよ」
技とらしく蜜柑を抱き寄せ、棗はそう言うと、悪戯っぽく舌を出した。抱き寄せられ、顔を真っ赤にした蜜柑もゆっくりと殿の方を振り向くと、申し訳なさそうな表情をし、ぺこりとお辞儀する。そしてまた背中を向けると二人はまた歩き出し、その姿は見えなくなった。その光景に殿は何も言えず、ただ黙って見送ることしか出来なかった。

「ごめんな殿やん。二人が付き合っとるって知っとったんやけど言わん方がおもろいと思って」
「……お前なあ…。」
散らかった新聞部で茶を飲みながら、二人は最初と同じように話していた。少し埃臭いデスクにうつ伏せになり、殿はある感情に襲われていた。それを”寂しさ”と呼ぶ。
「…チビちゃんはもう人のものってことか。だったら、今度俺がチビちゃんに触るときは、本当に”セクハラ”になっちまうんだろうなあ」
今まで蜜柑を抱き締めたり、持ち上げたり、頭を撫でたりしていた時のことを思い出し、殿はしみじみ思った。しかしそれがもう出来ないとなると、それは随分と寂しくなるというものだ。何時かは誰かが攫っていってしまうとは思っていたが。こんなに早く来るなんて。
殿はそっと目蓋を閉じた。そこには先程の、頬を真っ赤にする今までになかった少女の表情がしつこいくらいに焼き付けられていた。


END
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と言いながら殿は普通に今までどおり蜜柑に接するだろうけどね。
なんか深くしすぎて意味不明に!!
ってか殿はもっとカッコ良いキャラなのに!なんか違う!
殿は蜜柑に恋してたの?寂しいだけなの?
それは私にはわからなーい!!(ぉ)
ご想像にお任せします(個人的には恋ですけど)
っていうかこれはなつみかんというか殿と速水のしんみり話?